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時事通信 経済部 2025年12月15日20時32分 配信
メガソーラー支援廃止を提言 27年度以降、環境への悪影響考慮一自民
ソーラー)に対する支援廃止の検討を盛り込んだ提言案をまとめた。2027年度から新規事業者を補助対象から外すよう求める。環境や景観の破壊などが各地で問題となっており、東日本大震災以降続いてきた普及促進策の転換を迫られた形だ。
虚鯊は「ウロハゼ」。関西で好んで食べられている。すしネタでもいけるとか。「あーそーべー」は山形の方言で、一緒に遊ぼうとの意味。ウロハゼは関東の海でも増えてきているもよう。温暖化の影響かもしれない。夏のハゼ釣りのとき、マハゼに混じってつれるが、「つりの競技会」となると、邪魔者にされることがある。
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時事通信 経済部 2025年12月15日20時32分 配信
メガソーラー支援廃止を提言 27年度以降、環境への悪影響考慮一自民
エサを求めてあちこちに出没する熊退治に、警察がライフル銃でというようなことが考えられている。そもそも中山間地から人を追い出してしまったのは、人間側の事情による。中山間部放棄させた減反政策が大きなひとつの要因になっている。
現在の農家数は
総農家数 175万戸 78万戸 44.7%
総土地面積 3,780万ha 2,412万ha 63.8%
と農水省のサイトで説明されている。いまでもこの割合が「山際」にあるのだから、減反政策によってどれだけの農家がなくなってしまったことか。「耕作放棄地」は偏在しているに違いない。平地であれば大規模法人化が可能だけれども、中山間部はそうはいかない。小規模農家が懸命に生業をしているので、拡大は望めない。
耕作放棄地は東京都の面積の5倍になっているそうだが、そこはたぶん熊、鹿など動物の行動エリアになっているのではないだろうか。人間の場合もコメの高騰で食糧難がある。基本は減反転作によるもので、だからコメの増産へという話が、政府が変わったらコロッと手のひらを返して、「需給によって」とどこかで使われた「行政の継続性」など知らないような扱いにすると言っている。
何年も前からその兆候があったにもかかわらず、被害を顧みずに今になってしまった対策を「遅い」という批判がされている。12人も亡くなってしまったのは、手を打たなかった政治の責任を免れない。山の「実り」に影響する温暖化への対策も、地球規模でも目標を設定することさえできていない。
テレビ映像で見る熊の行動は、必死そのものだ。山にエサがないのは疑いないが、増えた熊を結果として「放任」してきた。自然との共生は大事なテーマであり、もっと議論する必要を感じる。自然界には負荷をかけ続けてきた反省も踏まえることも重要で、邪魔者は殺せということだけでは、共生は成り立たない。
メガソーラー発電所建設の環境破壊が総裁選でもテーマになっていた。再生可能エネルギーの花形のように扱われているが、熱海の土砂崩れでも問題になり全国各地で問題が広がっているにも関わらず、マスコミの報道が少なくて国や地方の対策がとても甘いものになっている。そんな事態からの指摘を受けて総裁選でも対策を打つことを表明しなくてはならない羽目になった。
産経新聞によると9月24日の総裁選公開討論会で、「太陽光発電など再生可能エネルギーの導入推進を主張してきた小泉進次郎農林水産相は、大規模太陽光発電所(メガソーラー)の整備が環境面の懸念から地域の反発を招いていることを念頭に、環境破壊につながる開発事業には対応が必要」と語ったと報道されている。
メガソーラーは最近になってマスネディアがようやくいくらか取り上げるようになってはきたものの、ここ数年の間にかなりの速さで建設がすすめられて、全国で環境破壊の声があがっている。
仙台・太白区秋保地区メガソーラー事業 地元住民らが計画中止を求める
釧路のメガソーラー建設にはかなり情報がYouTubeに上がっているので割愛
釧路湿原のメガソーラー建設は総面積約27.3ヘクタール
下の画像は福島・在庭坂メガソーラー、開発計画は約60ヘクタールで後楽園球場の13倍近く
福島県全体での法令違反は43件ある
二日目にもう一つの「削られた山」に向かった。そこは地図でみるとちょっと歩き出がありそうだった。でも歩けない距離ではない。少し歩くと「蓬山遊歩道」があった。ケヤキの森遊歩道という看板があって400メートルほどの行程と書いてある。どうせこの一日はたっぷり時間があるので、ゆっくり楽しもうかと行ってみることに決めた。
渓流沿いの坂道が緩く上に伸びている。小道を歩く間は誰に合うこともなかった。「クマに注意」とあるので、スマホにある合唱曲のボリュームを最大して歩いた。でも、効果は気持ちだけのことだったろう。ケヤキの巨木がたくさんあって、明るい森の中をしばらくぶりの「良い空気」を吸い込んだ。ケヤキは大きく育っていて見栄えがあった。特に木肌の模様の違いに目をとられた。
墓参りの帰り道は、蔵王で宿泊する道の途中にある米沢を通ることに決め、初日に行った砕石場に寄ることにした。もう一度行って、途中で断念した「山道」を歩きて行ってみようと考えた。
初日の時には、砕石場の少し下流(1.5キロほど)に小さな部落があり、その端から山道のような通路があって、砕石場に近づけそうだった。車で入って行くとどうなるかという心配があって、行くのを断念していた。その道の先は地図で見ると砕石場に近いところだし、なんとか近づけられれば写真が撮れるかと、車を降りて歩いてみた。
道は車一台がやっと通れるくらいの幅で雑草が中央に映えていて、往来ではあまり利用されていないふうだった。どんどん歩いてみるが、一向に山が見えてこないので、歩くにしたがって少し不安が募ってくる。「クマの行動」が頭をかすめるので、スマホを取り出して「合唱曲」を最大の音量にして、片手で振って歩いた。道の両側は針葉樹の森で、クマが好きそうな広葉樹林ではなかったのが幸いだった。
突然視界が開けて、現場が見えてきた。T字路で過度に看板が立ててあり、「発破をかけたから近寄るな」と書いてある。もう少し行ってみたいが、広くない道路はタイヤの跡がたくさんあり、行けば出会わないとも限らない。行くのは止めてその場で200ミリの望遠レンズを据えて写真を撮った。
6時前に目が覚めた。雨がパタパタとどこかに当たって落ちている。外の空気は冷たさそうだが家の中はまだ、夜間の熱気が籠っているようだ。起きた時少し多めに開ている窓から、冷えた風がスーッと入ってくる。そういえば台風が近づいているんだったな。昨日のうろこ雲のような雲はそのせいだったか。
子供のころは広場(身長が低かったから広さを感じていたのかもしれない)が遊び場として、今のような車の危険性もなくて、のんびりと座って空を眺めて遊んだこともあった。雲の形が何に似ているかを想像することも遊びのひとつだった。鬼ごっこや缶蹴り遊びのあとに…。
いまはよっぽど空が狭くなって、余分な建物やらが幅を利かしているから、隙間から空を見上げても、気持ちが穏やかになることなどはずっとなくなった。それ以上に妙な雲行きと妙な形が幅を利かしている。田舎の方では田んぼに植えられた稲がピンと姿勢を正していることだろう。線状降水帯とやらの新規参入者が大手を振って、あちこちで被害を出していかないように願うのみだ。
息子の能を見に行くついでに明治神宮のイチョウを撮りに行った。今年これまで3回目の撮影と見物だった。今頃になるとテレビで必ず取り上げられるので、特に行くことはなかった。再開発で外苑の木を切ってしまうだとか、高層ビルを建てるのだとかとの話を聞いて、今更ながら出かけてみている。
実に立派なイチョウが並んで、風物詩としても文化的価値も高いものだろうと感心する。これを改変するというのはなんたることか。ただでさえ少ない公園を、たとえちょっぴりであってもなくしてほしくない。イチョウのそばに壁を作ったら…、壁の土台で根っこは大丈夫か…、建物による熱や風でどんな影響を受けるのか…素人が考えても疑問が湧く。
モーニングショーで、車で乗り付けた人が一時駐車をして、スマホで写真を撮る場面を放映していた。警察が車を動かすようにパトカーで説得している。でもだから考えたいのは、都市部でそういう場が圧倒的に少ないということだし、「車社会」の有様にも手が打たれるべきと思う。
今日で2月も終わる。というと時の流れが早すぎる嘆きセリフが続く。己を水に例えれば「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に合わんとぞ思う」てな具合に、のちの夢か希望にこころすることならいい。でも、そうは問屋が卸さない。急く我が身の末は、治療の大小の岩に阻まれて、先がどこにあるのかさっぱり見えないのだから、夢と希望は棚の上。だからメタボリックは怖いよと言っただろと、どこからか聞こえてくるのは、もはや夢想の域かな。
隣の庭のフキノトウ、また芽を出した すごい!
昨年11月半ばに芽を出したフキ。暖かさに早く出てきたかと思っていたら、1月になっての雪で、枯れてしまった。2月に入ってからまた芽を出した。自然は偉大。
11月15日
宿泊したホテルは、高山の高台にある。その分だけ見晴らしがいいのは悪くないが、見える下界は建物がひしめいて見えるだけで、面白みはなかった。ホテルから松本に出て松本城の近くで昼食。おしゃれなホテルのレストランだった。ここも時間が殆どなしだった。無理やり外に出てみたものの写真にはならなかった。
安曇野のわさび農場が帰りのコースのメイン。ちょうどワサビの床を耕しているところだった。耕しているという表現でいいのかどうかわからないけれど、働いている人の動作はそのように受け取れた。思わぬところに出くわして、以前着たときの趣とは違った風情を味わった。
このツアーで一日目は9000歩、二日目9200歩、三日目8000歩を記録した。これが後を引いて、一大事件が起きるとは夢にも思わなかった。