2024年10月7日月曜日

ボロがでないうちにするのが憲政の常道?

 貧乏人という言葉も最近は聞かなくなった。格差が広がってある層の人々にはモノが容易に手に入り、億ションを手に入れるとか投資話に乗るとかが簡単にできる。こちとらはだんだん削られていく年金支給額にため息をつきながらこの先を心配しながら生きている。まさに貧乏人だ。金とモノを動かして世渡りする連中にはだから腹が立つ。普通に暮らすというキーワードが夢になって、数十年を暮らしてきた人生がなんだったのかという気が拡大していく。

 「利権」のための政治は極まっていると思うけど、これがなかなか修正していかない。それは己のせいもあるのだろうと、反省はある。昨日言ったことが今日違うという朝令暮改政治は、メディアでも批判されているのも確かで、それだけ怒りが反映いることなのだと思う。その一方で「言ったことの転換は順番をつけてやれば」などと水かけ議論で、結果救いの手を差し伸べる意見が出される。

 9人もの立候補者がでたのが初めてと賑やかさを表するか、これは「民主的」と言いたげな持ち上げに使われている節もある。早期解散戦略はボロ隠しというのが正解だという批判があまり聞かれなかったのがちょっと残念。

 振り返れば、都合の悪いときには憲法に違反して50日以上も国会を開かなかったこともある。国会軽視はずっとあったことだった。いかにして目先をそらすか騙しおおせるかということ、これがいつまでも通用するようではまずいと思う。

 最近携帯電話にも「迷惑電話」がかかるようになってきた。番号が漏れてなんらかのリスト化がされていることがあるのだろう。知り合いの電話番号は連絡帳に全部登録してあるので、番号通知のないものは応答しない。かかってきた番号でNET検索すると、どんなことで電話番号が使われているのかがわかる。だいたいは、しつこい勧誘とか振り込め詐欺に使われているのが多い。