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2024年3月18日月曜日

樹木医の診断から「移植に適さず」なので伐採??

東京新聞が書いた「葛西臨海公園の整備、敷地の樹木伐採」の記事

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 都によると、現水族園本館の北側に地上2階、地下1階の新たな本館などの整備を計画する敷地(約36000平方メートル)には、1700本の樹木がある。2023311月、樹木医が樹木の状況を調べた結果、病気による倒木や枝折れの危険性があったり、移植しても枯れたりする可能性が高い樹木が計400本確認された。

 都は、これらを「移植に適さない」と判断し、生態系に悪影響を及ぼすナンキンハゼなどの外来種200本と合わせ、計600本を伐採する。残る1100本のうち300本は保存し、800本は、新たな水族園近くに設ける広場「共生の杜(もり)」などに移植する。広場には、別の樹木も植える。

 現水族園は、米国・ニューヨーク近代美術館(MoMA)を手がけた世界的建築家の谷口吉生さんが設計。かつて谷口さんの事務所に勤め、水族園の設計にも携わった建築家の村松基安さん(67)は「もともと埋め立て地だった場所から、税金を投入し、豊かな自然環境に再生させたことは都の功績」とした上で、「生態系を破壊する計画は自然との共存と言えないのではないか」と訴える。

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  この記事に出てきたナンキンハゼが気になった。ナンキンハゼが生態系に悪影響ということなのだが、たしかに腐敗した葉は他の植物に有毒だということらしい。また、ナンキンハゼ(南京櫨)の葉や果実は人体にやや毒性があり、飲み込むと重度の吐き気や嘔吐を引き起こす可能性がある。種子も有毒-それは産業用途があり、石鹸やキャンドル作りに使用されています。といった説明もあった。しかし、多くの国で観賞用として「侵略的」として扱われているナンキンハゼでも、日本には帰化しているという認知も一方では存在している。どちらがどうということではないが、時によっては観賞用として重宝されながら、いまはまた外来種だからという排除の論理はいかがなものだろうか。このナンキンハゼを昨年11月に東京体育館で見かけ、カメラに収めていた。 






2023年6月15日木曜日

撮影会最後に寄った砕石工場

 朝食の後は御岳山ケーブルで下界に降りる。ケーブル乗車場までの道は、登ってきた人たちが行き違い、「山」の雰囲気を味わい感じる。前日は火曜日だったが、それにしでも人の少なさが目立って、こんなものではないだろうにと思っていた。

 二日目は神社を訪問したことで撮影の行程はほぼ終了ということだったが、“オプション”で青梅・軍畑の近くにある砕石工場に寄ることにした。「砕石」は気になるワードで、以前から奥多摩界隈の山をグーグルマップで見ていた。山のいくつかの頂上部が削られて山肌がむき出しになっているところがある。

 そのあたりはハゲ山が四か所ある。そこまでは全国どこでも見かけることで、言わずもがな、都市改造~公共事業に使われているものだろうと考えられる。NETで情報を探ったら、その削った山に「残土」が運び込まれているらしい。「残土」は他に混じり物のない仕分けがされて、その土で山を埋め戻すということらしい。

 高層ビルがあちこちですごい勢いで建てられて、建設前の建物が取り壊されているのをよく見るが、廃棄物にされるものから区分された「土」なのか、あるいは建設物の地下を掘り下げた土を廃棄しているのかはわからない。

 山を削ってそのあとに「廃棄物」で埋めるとの、一見つじつま合わせみたいに感じるけれども、企業情報に「岩石採取を終えた事業区域は里山を目指し、盛り土工事で緩斜面や平地を形成して地盤を安定化。斜面 および緩斜面には植栽により自然回復を促し、雨水対策では洪水調節池、沈澱池及び排水路を整備します。」とあり、昨今の豪雨などよる影響も懸念されることだ。











2021年7月11日日曜日

「7月豪雨災害」が繰り返される

 「線状降水帯」として被害を受けることになった「梅雨」。ことは年中行事のようになってきた。気候変動の影響を受けての事だとは、「わかっていること」とされているのかどうか知らないが、公式公的にはその状況が正面から議論されているとは見えない。

 熱海の土砂崩れは、直接の原因は豪雨にある。極端な気候の変動は世界的に広がって、その対応に国によっては議論がすすんで、積極的な温室ガス対策を公表している。日本はどれほどのものなのだろうか。東日本震災の復興を中身より「五輪」で表する?などという心もとない災害対策で、起きてしまったことにさえ腰の据わった公的な支援がなされない。

 熱海の災害は、「不動産開発」をめぐって自治体と「争い」があったとのことも報道されている。総じて甘い規制のうえに抜け道があって、結果として責任が宙に浮かぶようになっている。山を削って開発に備え削った土をどこかへ運ぶ、都市開発のときでも発生した残土は、下請け業者の手を経てどこか行方不明。都市部や住宅地開発では背景にこの積み重ねがある。政治が手を出さなければならないことを抜きにして、「線状降水帯」の責任に押し付けるということにはならないと思う。

土湯温泉 


  

2020年11月28日土曜日

駿河湾のサクラエビが今も獲れず、秋田のハタハタも不漁

駿河湾のサクラエビ漁は春と秋。秋は例年111日に解禁されるが、サクラエビ漁は2018年の春から著しい不漁で、漁獲の自主規制は休漁が続いている状態。漁の解禁日を前にして静岡県の水産・海洋技術研究所の事前調査があり、その結果は資源量の回復は見られず、自主規制の成果は見られなかった。

 「専門家による研究会」によると、現時点で原因として考えられる有力なものは「黒潮大蛇行、漁師らの取り過ぎ、水温躍層の発達、富士川水系の濁り」の4つだとされている。研究会は、海洋調査研究への協力を漁協に呼び掛け、定置網への水温や塩分、流速、濁度を測れる器材の設置、エサのプランクトンや海の濁度の定期的な測定等の協力を、行うことにしているとのこと。

 ―秋田のハタハタ不漁 漁獲量は前年の1割

 秋田のハタハタの沖合底引き漁の漁獲量が、今年は前年の1割強にとどまることが分かった。県水産振興センターによると、17日現在の漁獲量は12トンで前年同期の94トンから激減。昨年は県北部、男鹿市戸賀沖~男鹿沖に底引き漁の漁場が形成されたが、今年は規模が小さく、特に例年漁獲量が多い戸賀沖ではハタハタが確認できていないという事態。

 底引き漁の不振は、ハタハタが生息する水深約250メートルの水温が例年に比べ高く、接岸が遅れていると秋田県が指摘、「経験のない現象で、今後の漁獲量の見通しを予想するのは難しい」と話している。ハタハタ漁は9月の解禁に合わせ、まず沖合で底引き漁が始まる。刺し網、定置網による主力の季節ハタハタ漁は、魚群が接岸する11月下旬から12月末にかけて本格化する。来年以降も続けられるよう、漁そのものの在り方を考える時期に来ている、との判断も言われている。 

  駿河湾も秋田も海水温上昇で影響を受けていることを、無視できないところまできている。「乱獲」は他の魚でも起きているといわれるが、漁獲量の管理を効果的にやることや、資源の周期的な変動を考慮しても、栽培漁業が漁獲量の約半分にもなっている現状では、日本近海の魚も、もはや持続的な…という範疇を、超えているという気がしてならない。 

2019年12月3日火曜日

おおらかな自然に取り込まれて…といきたいもの


 CP25で気候変動の条約を議論する。「努力が足りない」と叫ばれている。叫んでいるのは「人」でも、ほんとうは「自然」の方だ。台風でも台風がなくても重大な自然災害が日本でも多発している。そこから考えれば、自然そのものへの重い負荷を急いで解消することが求められている。

 のしかかっているのが経済成長という怪獣。そこから抜け出ることができなければ、地球の滅亡につながる。サクラを楽しまずに集めた人に権勢を誇る輩が政治の中心にいるのでは、気候変動への「行動」に期待はできない。せっかく咲いた花も怒っていることだろう。

高尾山の自然はなごむ










2019年11月24日日曜日

上に飛びぬける10階建て

 環状7号線の内側は、住宅建築規制を緩和して、高いビルを建てることができるようになった。不動産業界の事業拡大のため、かつての住宅専用地域内でも、相当な緩和を与えられた。近所はここ何年かの間はせいぜい3階建ての住宅が建ちすすんだ。20年程度の間に新しい住宅がとってかわった。

 その「低層」なかに突如10階建てのマンションが立ち上がった。ここばかりでない高層のマンションがどこの道筋でも建築中だ。近所のウォーキングではいたるところが工事中だ。人口が増え、住民税の収入も上がるのかもしれない。しかし、駅の混雑、上下水道や電気ガス供給に圧力になることだろう。

 なにより地域のコミュニティが、今でさえ希薄になりがちなのに、どういうことになるのだろう。ゴミ集積時のトラブルが目に浮かぶようだ。不動産屋が家を売らないかとしきりにチラシを入れているが、土地を確保してこういった開発をしているわけだ。

 東京一極集中への批判は、今は声が聞こえないくらいだ。年数が経つうち3階建ての住宅の「地上げ」などということになるのだろうか。奈良公園の木々を次々と伐採して、富裕層を対象にした高級リゾートホテル建設が2020年開業めざして、工事がすすめられているとのことだが、京都の下賀茂神社内に高級レジデンス…との宣伝もでてきた。もう日本中にこんなことが起きているのかと、うしろ寒くなってきた。






2019年10月18日金曜日

近所にマンションが続々と建つ


 そこは、広くて昭和の時代を通り超えてきた板塀の屋敷だった。取り壊されて平地になったと思ったら、マンション建設が始まった。公園が「美しく」改修され、グレードアップされた土地に、これ見よがしにポスターが掲示されている。大都市東京の活動をひけらかしているよう。

 しかし、近所は店が多くあるわけでもなく家庭の食材を手に入れるのは楽ではない。買い物は新宿のデパ地下になるのだろうか。景色は公園の先にライトアップした都庁が素敵に見えて、修景だけは上等だ。狭い道路であるところに、どんどん背の高いビルが入り込んでくる。道路を走る車は「介護施設」の送り迎えのものが目立つ。高齢化社会に合わせた「老人ホーム」ならなと思わないでもないが。

いまはない屋敷





眺望は抜群でも

北海道と比べ物にならない


2019年10月4日金曜日

行政機関が魚釣り人の意見を聞くことの大切さ

 こと「釣り」に関しては、人のそれぞれの好みで趣向するという範囲を緩く括っているのみだろうと、これまでの経験から思う。早い話が「金儲け」とはさほどの縁もない「つり好き連中」が、世に物申すことになにかの意義をみいだすことなどは、通常の目からは考えもつかないものとなっているだろう。

 それは「行政」の位置づけがなせることでもあり、一部のつり趣向者の問題だと切り捨てられることに異議を言わざるを得ない。つり趣向者の要望は、例によって著名な「…つり団体」の意向ぐらいがせいぜいの扱いだろう。それでいて、「侃々諤々」の議論などは期待できそうもない。

 そこで言いたいことは「釣れなくなった」ことだ。これはつまるところ、人類の存亡にかかわるというのが問題意識であり、他の様々な自然と社会の認識の過程を共有する。「釣る楽しみ」の本家の漁はいまや悲惨な状態で、痩せたサンマが皿にのり、細身のイカが半身で食卓を飾る。ウナギはどこへ行ってしまったのか。焼津のシラスは漁獲調整ということだ。

 「つり」は一部の楽しみであることは違いではない。それでもゴルフを「趣味」を持つ人たちと、どっこいどっこいでの「経済効果」は統計として発表されている。趣向者数を考えるならば、隅に置いておくべき処遇にはならない。日本が「自然に取り囲まれた」環境に存在しているのだからその特性は生かされて間違いはない。その「愛好者を含む楽しみ群団」が結果として減少していくという状況であることは、いま風に言えば「削除、削減」されていくということ。そんな点からも放置されておくべきでない。

 「削除、削減」は多くの要因によってつくられている。生態系のかく乱、混乱の現状からも言えるし、したがって「政治」の面からも言えることだろう。温暖化のもたらす影響は今や最上位の政治の課題だ。この影響は「常習魚釣り者」には焦眉のことと感じている。この影響はどこでも同様に起きているだろうと思う。

 日本の自然環境と社会を作り上げてしまった我々の責任も免れることはない。「魚が釣れなくなった」ことを他人事にしたくないし、江戸時代から栄えた魚釣りの文化を絶やしてはならない。そんなことを想った「都議会共産党議員との懇談会」だった。

2019年5月23日木曜日

この時期写真展も多い


 今ごろは過ごしやすい時期だとかつては言っていたが、最近の天候の変動はちょっと異常だ。一日の気温の高低差が大きくて、天気の予想に注目しないわけにいかない。台風並みの暴風雨になったりしているのに、気象予報士はこんな原因について語らない。温暖化対策が遅々として進まないのはその原因への「忖度」のせい?などと考えてしまう。

 何事によらず本人の自己責任、「おきおつけなさい」で済ませたのでは、世の中ちっともよくならない。この時期は雪解けの水を待つ田んぼにも苗が植えられ、草木も急激に水を吸い上げる。人間どもは山菜などを恵みとして食して、その自然の勢いを分けてもらう。たぶんそのような効用が、人の活動の高揚へと結びつくのだろう。

 この時期写真展の開催がとても多いのも、そういったことが影響しているのだろう。永山でやっている先輩の写真展にお邪魔した。一点物の写真展はまた味わいの違う印象を受けることができ、タイトルと写真を見比べながら作者の意図を推測するのも味わいを深められる。

永山北公園で







2019年3月15日金曜日

有害な重金属が高濃度で「衛生環境良好」(東京都)といえる異常

 豊洲市場で、アンチモン、カドミウムの多量に発生している。アンチモンは一般道比べて8.1倍、カドミウムは4.8倍あると分析された。築地であれば路盤は固い石材で造られていて問題はなかった。今は水を流すことを制限されて黒い粉塵(有害物質)もたまっていくことになる。

 アンチモンは難燃剤としてゴム、プラスチックなどに混ぜられてとされる。古代は化粧品として使われた。アイシャドーにも使われたが、毒性がある故今は止めているとのこと。 

 タイヤには「顔料」として使われているという説明もある。カドミウムの方は路盤材からでたものとしているが、一般的には規制がかかっているから、出てくるはずはないと思うが、なんらかの産業廃棄物「スラグ」からのものだろうか。規制がされていても、「蓄積されれば」という隙間があるということだ。

 転じてみると、タイヤ粉塵や路盤剤の摩耗したものは、高速道路や専用道路のトンネルでは相当まき散らされている。しかしついぞ問題にしたのは見たことがない。高速道路両側に広がる田畑にも多量に舞っているだろうが、農作物への影響は「衛生環境良好」と言えるのだろうか。

豊洲市場の粉じんから高濃度の重金属 タイヤ・路面がすり減り滞留か

2019年2月7日木曜日

スルメイカの「歴史的不漁」 海への負荷がここまでか

 スルメイカも獲れない。「歴史的」といわれるほどの不漁だという。食べ方のバリエーションがたくさんあるイカは、我が家でも人気の食べ物だった。鬼籍の入った年寄りたちも、煮たものが好きでよく食べたものだった。

 かつては田舎である新潟に、旅の途中で立ち寄っては駅前の魚屋で、大きなスルメイカを買っていた。そのイカの天ぷらが極上の料理として、食卓にのると嬉しそうだった。

 その味に触発されたのかもしれないが、職場の昼食時には、「ゲソうどん」をよく食べた。これは人気のメニューで、すぐに売りきれになった。今はもう店は閉じてしまったという。

 新潟、直江津駅に合ったその店もいまは閉じてしまって、まさに過去の話になってしまった。

 やっぱりおかしい海の環境だ。海の環境に重大な負荷をかけてしまった。そうあってはならないという視点が、政策上でも欠けている気がする。獲れない海産物に、漁獲高の規制をかけるだけでは、もう済まない状況なのではないか。

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 福井県産課の担当者は「イカは寿命が1年しかなく、資源管理が難しい。フグのような高値で取引される魚と違うため、養殖にも向かない」と話している。
 北海道大学の桜井泰憲名誉教授は日本近海の不漁について「冬に産卵場となる東シナ海の水温が低く、ふ化がうまくいっていない。親イカの資源量が年々減っているため不漁が続きそうだ」と指摘
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2019年1月7日月曜日

建設の嵐とでも言っていいのか、ビルだらけの近所

 ウォーキングで近所を歩くと、どの道を使っても工事現場がある。それも低層住宅地に入り込んで建設するようになっている。かつては表通り沿いにだけ建てていたものが、これも規制緩和の方向になったのか、やっと車がすれ違う中道のところでも、堂々と建築がされている。

 当然軋轢も起こるし、落ち着きのない町=(古くから住んでいるとそう思ってしまう)であることおびただしい。駅の乗降客も随分と増加しているから、居住人口は相当増えているのだろう。商店が減っているのに反して不動産屋が顕著に増えてきている。

 近くの公園があるとき工事に入った。結構な広さの原っぱで子どもたちが走り回って遊んでいたのをよく見た。そのままでの公園でも子供たちには、飛び回るのに十分なところと見ていた。

 工事かもう終わるかという頃、公園の端の一角にマンションの工事が始まった。その位置からは遠くに都庁などの高層ビル群が展望できる。マンションのグレードアップのためになった。ポスターに「最上のここちよさ」と記述してある。そうなることをしっかりと狙った「連中」がいるのかと思うとちょっと腹立たしい。

工事前のGoogle地図


2018年10月29日月曜日

ベランダの、目隠しとのお別れ


 ベランダの格子に、細い竹を編んだ「目隠し」置いてあった。風雨にさらされて、からからに乾いてしまったので、付け換える時期ではあったが、そのままにしていた。

 ベランダの防水工事をすることになって、それは邪魔になるので、このおりに始末をすることにした。玄関先に運んでから、ノコギリとペンチを使って解体し、ばらけた細い竹を半分くらいに割り揃えて束ねた。段取りは思ったより意外と支障なくできた。動き出す前の思案のほうがかえって時間がかかったようだ。

 なにせ3階の風の当たる場所に置いてあったのだから、腐っておらず不潔感がなかった。1メートルほどの細い竹を2本膝に当てて半分に割る作業は、「パチン」と音を立てて気持ち良く折れるものがほとんどだったが、3枚ある「目隠し」の竹の数は相当ある。ずっとやっていて、近所で煩いかなと気になってしまった。

 組んである竹を抑えている針金をペンチではずすが、立ったり座ったりする動作はちょっと厄介だった。枠の四角い木もノコギリで半分に切断して、折った竹と一緒に束ねたが、ビニール袋に入れた方がいいのか、紐でくくった方がいいのか考えあぐねたが、結局両方のやり方になった。植木類もあまり量が多い場合は有料だということらしいので、翌朝分けて出すことにした。


2018年7月23日月曜日

暑いときは「暑い」と言って避けた方がいい

 ラジオで、「暑い、暑い」と言わないようにしようと言っていた。ひところと言ってもだいぶ昔だが、我慢が大事と言う観点で「暑い」と言わないことが、美徳みたいにされてきた。落語もこの点は笑いの対象になっていた。心頭滅却すればなどということは、目下は通用しないだろう。

 集中的な豪雨も熱波も、これまでの常識を覆す気候はすさまじいばかりだ。小学校にクーラーがないのが当たり前だったころよりは、いくらかはクーラーが設置されるようになったものの、予算がないからとおろそかにされているところもけっこうあるようだ。

 新一年生の小学生が、暑い中行列を作って公園にいくなどの行事が、気温が高くなっても「中止できない」という状況は、なんだかわかるようであっても、人命を尊重する点からは改善が必要だろう。今までとは違ってきているのに、今までと同じ常識で対応していては、問題解決にならない。31度にもなったら我慢も何もない。ひたすら避難することに越したことはない。

 御嶽海が夏場所優勝したが、面白いと思ったのは練習を軽減しようとしているらしいこと。6場所をこなす力士たちは「労働強化」にあっているようなものだ。だから「休み」をとることが、体力維持のために必要なことということだとしたら、何かうなずける。横綱、大関が多く休場ということは、「お休み」を真剣に考えた方がいいかもしれない。

 大鵬は場所中にホテルの「冷房」のなかで眠って体力温存したという話を聞いたことがある。

2017年6月13日火曜日

磯の小物(ウミタナゴ、メジナ)つり釣果でも、海の「異変」があることを感じさせる

 磯の小物釣り大会も秋から冬にかけての釣りものとして楽しんでいる。磯釣りというと竿も仕掛けも、大物の魚に対応する道具が必要だが、小物釣りとなると竿は渓流用でいいし、仕掛けも大仰でなくて十分可能だ。

 釣り場は磯場だから危険がないわけでないが、移動を慎重にして、変えることは通常の「磯釣り」よりは容易い。フカセ釣り=丸いウキを5個くらいつけて、ゆらゆらと岩場の間へ落とし込む。10センチ程度のメジナでも、びっくりするような引きで、ウキの小さなアタリを見逃すまいとするつりとは違った、楽しいつり種目で、東京労釣連でも人気がある。

 三浦半島一帯でいつも同様の方法で、ほぼ同じ時期に実施しているが、経年の釣果がやはり、漸減状況にある。海の環境の「異変」があるとみて間違いはないだろうが、魚の繁殖は周期的というのはあるにしても、どうもそれだけではないのではないという気がする。


 2006年と2016年の対比をしてみると、釣果におよそ3倍以上の開きがある。平均尾数の推移からは、年々魚が減ってきているという状況。特に2011年以降の減少は「よもや」という疑いも湧いてくる。

2017年2月19日日曜日

仙人になるにはまだ道が遠いけど、ロゴはどんなのがいいか

 人気(ひとけ)の少ない場所が、仙人になる環境の必要条件でも、それだけではなかなかすまない。人気が煩わしいという気ままなことで移り住んだ。いつか行く道の途中だから、生臭い身のうちでは山も谷もあり、滝に打たれるごとき修行がまだ続くことは覚悟しなくてはならない。動機が気ままなものだったろうから、うるさく言えば最終駅の想定を図式で描くことなどなかったはず。いやたとえあったにしても、日々の雑事か起きることも身体の変化も、単純であっても予定を超えて立ちふさがることがある。これは神が与える試練とでもいえばいいのか。(神は信じないがときどき使わしてもらう身勝手をお許しください)

 身の不幸を嘆くことは人ができることの一つだし、ウロウロと右往左往するのも人間ができる能力だろうから、噛み砕いて味わうのが仙人に近づくことになるのだと思うことにしよう。たしかにおそらくサルではウロウロすることもないに違いない。格調のある人間様として、品格を貶めることのないようにしないと笑われる。

 プレミアムフライデーなる代物がでてきた。政府がやることにつき、またぞろその結果どうなるこうなるという、にぎやかな報道がされた。有給休暇がとれて導入すれば時間ができ、買い物に行けるの、旅行に行くときには早くでかけられるのという、まことに単純な図式で持ち上げる。これで支持率増加に役立つというポチ的(尻尾を振る)内容だ。

 経団連だってちゃんと賃上げは別の問題といっているわけだし、やれるところがやっていけばいいということで、全体を底上げするような話にはなっていない。プレミアムとは上質という意味だが、このよくある「プレミアム…」の実態は、ほぼ割増金が伴う。プレミアムの意味は割増金ということもあるから文字通りのことになる。それゆえ格差を前提としている。

 プレミアムフライデーは政策でもなんでもなくて、やれるところが勝手におやりなさいよというのみで、働く人たち皆に処遇をよくするという代物でない。格差を持ち込むという「現世の当たり前」を、さも良いことのように描くというだけのこと。ご丁寧にも、これをやるのはもっと生産性を向上させることなのだという偽らないコメントもついている。例によって「ロゴ」を使う。

 そういえば「枯葉マーク」なる高齢者対策があった。最初のロゴは、あまりにイメージが貧困だったので、変更するはめになった。高齢者の足をどうするかという、根本の問題に迫っていないゆえに、今度は高者運転の事故が多いとの喧伝によって、自動運転の車開発に期待をかけさせるという誘導を行っている。車を売らんかなのためのミスリードで、車の運転をしなくても間に合う環境、有様からすれば、これも背中を掻くよりも効き目のない「無策政治」だ。これでは品格を保つどころでない。仙人になる道は、まだ当分先の話になってしまう。オリンピックのロゴも、盗作まがいの問題で替えられた。いまどき、ロゴも被害者に貶められる気の毒な立場だ。


2016年11月13日日曜日

「のり弁」の底に見える日本の恥

 「のり弁」は懐かしい学生時代の弁当だった。それも他になにか添えてあったどうかは覚えていないが、現在のように白身の魚だの天婦羅だのといった惣菜があった記憶はない。ただ、その醤油味とご飯とのコラボレーションだけで旨かった。

 その「のり弁」がいまは大変な昇格をして、TPPの国会資料や豊洲市場の公開資料の脚色として使われるようになった。日本中の海で生態系の環境悪化で、貴重に存在になってきている海苔には迷惑な話だ。黒塗りはタクシーなら好まれて使われるそうだが、ふつう「黒」は暗いかよくないイメージとして使われる。

 市民の目には見せないようにと、かつての戦時体制期の「黒塗り」が復活しているということと同じではないか。情報公開資料ではしばしばその黒塗りが使われて、当たり前のように闊歩しているとよく聞く。目に触れると都合の悪い事柄を、正体が捕まれないように隠し立てをする手段だ。

 邪魔をされずに出来上がってしまえばこちらのものと言わんばかりのこと。リニア新幹線の建設工事では、JR東海がろくに地元に説明と了解もないままに始めている。説明会を開いても、質問にはまともに応えられず、その場しのぎの説明でしのいで、後日回答してもまともなものでない。多くの公共事業がそうであるように、自然の生態系に元へは戻せない負荷を与え、生活に大きな改変をきたし危険を招くという心配にまともに応えることはない。
 
 豊洲市場の建設のように、あとから実は大変なことがあるのだと、問題が表面にでてきて、さて今からどうするんだとバカな成り行きを反省しても、傷をふさぐのは容易でない。この場合の傷は税金が埋めることになるのだから、責任をとるべき事業者(東京都も建設会社も)はそこまでの「見通し」を織り込み済みなのではないかとまで疑う。よく言う「あとは野となれ山となれ」だ。

 「たまたま」だとしても、豊洲水産卸売市場の建設を請け負ったのが大成建設ジョイントベンチャー、崩落事故を起こした福岡の地下鉄工事現場も大成建設の名が出ているし、オリンピックの会場建設受注にも談合がある(下記)とNETで拡散されている。

 オリンピック招致で「大活躍」した電通は、長時間労働で未来ある若者を自死に追い込んで、厚生労働省が強制捜査を受けた。企業の在り方と雇用に対する社会的責任がここで問われている。オリンピック開催の大義名分で、「東北復興」の旗まで使って企業の利益を追求するやり方は、度を越えているのではないだろうか。

 国と地方自治体と癒着しながら事を運ぶのが日本経済の発展なのか?あまりに酷いことと言えるのではないか。一体なにをしているのだろうか。のり弁の底には後ろ暗い日本の恥が隠しようもなく見えている。好き勝手にことを運んでいくことは許されない。

大成建設、五輪会場99.99%落札に疑問の声


豊洲水産卸売市場(2015.7.12)

2016年10月1日土曜日

どうしてくれる気?臨海部副都心構想という日の目を見ない私

臨海部副都心構想は失敗が総括されないままに、築地卸売市場の豊洲移転を進めた。決めようとする意図が働いた。移転がなんの「はたらきかけによって」成立したことなのだろうか。そのなぜ?は不条理な「後ろ暗いこと」とすると符節は合う。明らかになってくる事実からは、まだその流れのつじつまが合わない。見えてきたのは良心的に「都民のため」というキーワードが怪しげなものだということ。

臨海部開発は30年たっても収支が取れないと東京都は自ら認めていた。2000年から始まって有明北の埋め立てを強引に進めたものの、いくら土地値を下げても企業の買い手がつかない。同じころ、築地市場移転をあの手この手で市場の賛意を作り上げ、誘導して、オリンピックの大義を持ち込んでまで価値を高める関連付けを狙ったのではないだろうか。都の半都民的隠ぺい体質は、もう限界まできた。作ったの「あの方」にはじまる歴代の都知事が招いたことであり、それを支えてしまうことになった200万を優に超える票だった。


疑いの目をもうしばらく保っておかなければ、怪しげのことはまた起こるかもしれない。新知事さんが自民党籍のままというのはどうしたことなのでしょう?戦略なのでしょうか?二度あることは三度ある、といったことなど絶対にないように、こころしておかなくちゃなりませんが、どんなもんでしょう。いまのところ大いに期待をしてはいますが、「汚染のことは、私は知っておりました」という言葉はいい感じではありません。環境大臣をお勤めのころは、有明北の埋め立てもやっていたころだし、豊洲の汚染問題は知る立場より「関与」の立場にあったはず。「クールビズ」なんかよりは「どえらいこと」ではなかったのではないでしょうか?

2000年に始まった有明北の埋め立て工事


2016年9月25日日曜日

ねじ曲がったものは正す=捨てたものではない豊洲新市場問題

 事態は新豊洲市場開設「延期」ではなく、「中止」までいくのかなという気がしてきた。豊洲は危険だから移転すべきでないと、十数年も言い続けてきた人たちがいた。築地市場で働く人たちと、もちろん都議会にもずっと追求してきた会派があった。正直この声が実るのかどうかとずっと危惧していたところだった。だが、その粘りのおかげで見事に東京の大問題に浮上させたのだから、不条理は正されるのだと、この間の報道を見て感じる。世の中捨てたものではない。

 どうして豊洲だったのかという根拠も未解明で、後ろ暗いことが隠されているのかもしれない。これからはっきりしてくることに期待したい。もとをただせば築地で建て替えるということは市場の総意だったし、そこをあの手この手で覆して「40ヘクタールは必要・汚い狭い古い」との言葉を送り込んで、都として東京ガスと再三交渉を重ねた経過がある。

 その経緯は情報公開によっても「黒塗り」されており、全体像は見えない。東京都は伏魔殿だという、石原元知事の言葉で外れてはいないと思うが、そういう東京都を造ったのは石原元知事自身だったのではないか。土壌汚染の調査を細かくやれという共産党都議の追求に言を弄して、対応しないと逃げの回答している場面が都議会議事録にある。

 ワイドショーで「なんなのこれは?どうして?」という疑問が始終出されているが、都民の目から見えないようにしてすすめたことだから当然のこと。トップダウンで「我」を通すのには、隠れてやることが最適なことで、なにも情報提供されていないことに、東京都組織が平気の平左でいられるようになってしまった。トップダウンの性質は、石原知事在任中に11チャンネルの知事記者会見でも垣間見えた。自ら指さして「ハイ次!どこの記者だ?もっと勉強しろ!はい終わり!」と勝手放題だった。


水産卸売場棟
2014年11月2日撮影





2014年12月16日火曜日

発光ダイオードの毒性

東北大学が、青色LEDに毒性があると発表した。近所のクリスマス飾りでも使われている。日常浴び続けるということは少ないにしても、安いし電力を使わないということで、万々歳というわけにはいかない。一説によれば、電磁波の影響が、携帯電話と同様に20年くらいなど、長期にわたった場合の危険ということらしい。

「様々な波長のLED光をショウジョウバエのさなぎに当てて、殺虫効果を調査した。その結果、青色光を当てたさなぎは羽化できずに死亡したという。特に440nmと467nmの波長が高い効果を示し、467nmの光は卵、幼虫、成虫に対しても殺虫効果を発揮したという。

また、蚊のさなぎに対しては417nmの青色光に効果が認められたほか、小麦粉の害虫であるヒラタコクヌストモドキのさなぎに対しては非常に高い殺虫効果が確認された。

同研究グループは光が昆虫の内部組織に吸収され、活性酸素が生じ、細胞や組織が傷害を受けるため死亡すると推測しており、種によって異なる波長が効果を発揮することから、さまざまな害虫に適用できるクリーンな殺虫技術の開発につながる可能性」

青色LEDの光に殺虫効果 - 東北大が発表



 「殺虫剤技術の開発」までのこととなれば、その先化学兵器にも転用しようという「輩」も出てこないだろうか。ちょっと危険。これも公害の種にならなければいいと思うが、こういうことが分かっているならキチンと対応をしておくべきこと。


 クリスマスがやってくる時期に、発光ダイオードを使ったデコレーションが目立つ。技術開発の成果ばかりを見て、マイナーなところを無視するわけにはいかないだろう。加えてLEDだからエネルギーの削減効果が高いとしても、信号機のように既存のものには経済効果があるが、新しい需要をつぎつぎと増やしたのではつじつまが合わない。