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2020年6月28日日曜日

腰の痛みがやっと和らいできた

 渓流釣りはもうやらなくなったけれど、誘われるとついその気になって出かける。「断捨離」で釣り道具もだいぶ始末した(つもり)のに、渓流つりにかかるものは残してあるから、行くことにもなるわけだ。大した距離を歩くわけではなかったが、日ごろのグータラウォーキング程度では、体力が落ちていく分を賄えないことはわかってもいた。案の定足腰膝が悲鳴を上げて、これはもう無理だなと反省を迫られることになった。

 それなのにまだ回復半ばでタケノコ狩りにと声がかかった。歩けないよと言いつつ、「自粛生活」に押し込められていることにストレス、というより癪に障る感があって、国がロクに対応しないで自粛をしろと、自己責任ばかりを強調することへのいらだたしさもあり、3人目のメンバーになることにした。竹藪に入ってタケノコを採ったのはもう20年以上も前だったろうか。それから2回目の「至難」だった。同行の二人は十分な経験があって、よくもそれだけ…というほどの収穫だった。それも太くて立派なものを、袋一杯にそろえてきて驚くばかりだった。足腰膝の病弱者としては、藪の中に入っても頑張りが利かなくて、入ってはすぐ道に戻り、入り易そうな場所でまた入るという半身のスタイルなのだから、採れないのは当然だ。

 早めに上がって待ち合わせの場所で写真を「とる」のが収穫の一部にはなった。そのヒメタケノコは味も香りも良くて、後日取り寄せたものよりも上だった。










2014年1月31日金曜日

アナログが懐かしくも、優しく感じる魚獲り。




この2枚の写真は、漁をしているところを撮ったものということがわかる。澪筋が沖まで続いて見えるのはきっと大潮だからだろう。潮が引いた後、沖に行き損ねた小魚を獲ろうというのだろうか。中学生のころ住んでいた千葉の海は、こんな海だった。澪筋にハゼもカレイもいたしアサリも自生していた。ちょっと先の海岸で、アサリを撒いて養殖して、「アサリ獲り」の商売があると聞いて、アサリって金を払って獲るものなのかよと思った。

こんなに立派な澪があれば、どれだけのハゼ釣りができるだろうか。きっと5キロとか10キロとかになるかもしれない。ハゼ釣り場にしているところは、年を追うごとにじりじりと釣れる量が減ってきて、大会の釣り場範囲を拡大していかなければならなくなっている。確かに三浦半島の先の方に行っても、海の匂いがなくなっている。川も湖もしかり、魚の繁殖環境が悪化しているのだろう。

 
 この写真、漁をしている人たちみんなが網を上げているのはどうしてなのだろう。魚を一斉に追い込んで網を上げるということが効率的ということなのか。網を一斉にあげているところが写真の見栄えが良いことには違いない。風に飛ばされないように踏ん張っているところも面白い。上げ潮になってくる間、何回も網を上げるのだろう。

(写真はFacebookから)

2012年10月8日月曜日

岩手山麓獲り入れ

 人が見えなかった田んぼに、獲りいれの様子。今年の出来はどうだったんだろう。





2012年9月29日土曜日

カメムシがやってきた

 彼岸を過ぎて、まだ暑さを残しているが、稲はもう取り入れのシーズンになった。仙人家の窓に、稲のネグラを追い出されたカメムシが、冬を越す場所を探しにやってきた。外に積んだマキの皮にもぐりこんで、暖炉にくべるときに家の中に入り込むのだ。二階の軒先に蜂の巣ができていた。他の蜂かなにか天敵にやられて、ぼろぼろになっていた。





2012年9月23日日曜日

実りの秋2


 庭に小さな花壇をつくって遊んだことはあっても、畠のことを直に心配したころなどはなかった。仙人の家は、ナス、トマト、ササギ、ピーマン、トウモロコシが、植えられている。苗の数はたくさんないが、それでも今の時期は少人数で消化するには忙しくなる。

 枝豆は一時にたくさん収穫されたので、近所に配ってあるいたらしい。東京にも送ってもらったが、実が入らずに薄っぺらなものだった。しかし、味と香りは悪くなかった。トマトは小ぶりで、それこそ商品としてみたら成り立ちそうもないものだが、これも味と香りがよい。

 皮は固いが、最近こんなに味わって食べたことがない。生ものは成熟したものを早く食べるのがいい。ボチボチ食欲も減ってきた身には、美味しいものを少なめに食べる方が、理にかなってメタボ防止になる。

トウモロコシ不出来