江田島湾(江田島)は広島市に向かって口を開けたようになっている。湾から出たところに厳島が左側に見える位置になっている。湾の中央部あたりに海上自衛隊の基地がある。グーグル地図で見ると海上自衛隊幹部候補性学校、技術学校などのほか、戦艦「陸奥」の主砲塔、旧巡洋艦「明石」マストなどが見える。長居はできなかったが、基地となりの町に入って回った。洋服店が自衛隊用の用品専門なのは場所がらのよう。呉の「海軍」の歴史を背負って時間が流れていることが感じられた。
虚鯊は「ウロハゼ」。関西で好んで食べられている。すしネタでもいけるとか。「あーそーべー」は山形の方言で、一緒に遊ぼうとの意味。ウロハゼは関東の海でも増えてきているもよう。温暖化の影響かもしれない。夏のハゼ釣りのとき、マハゼに混じってつれるが、「つりの競技会」となると、邪魔者にされることがある。
2023年11月27日月曜日
2023年11月16日木曜日
旧海軍工廠の歴史が見えた
明治時代に軍事態勢を築きあげるために、呉に海軍工廠が作られた。
呉軍港空襲
1945年6月22日9時、B-29・290機が飛来。海軍工廠関係の死者は約1900名。
1945年10月15日呉海軍工廠廃止。
1945年 株式会社播磨造船所が呉海軍工廠跡に呉船渠開設。
2023年11月11日土曜日
呉の旅、「日新製鋼」の赤茶けた色の工場を撮る
広島県呉市の日新製鋼(株)(旧海軍工廠製鋼部)は今年9月で操業停止鉄。戦後鉄鋼産業として呉の街の成り立ちに影響を与えた。この先10年かけて取り壊すという。呉在住の従業員が整理されて市への影響は大きい。このご時世でまたぞろ軍事産業復活めいたことにならないか気がかり。
三津峰山展望台から撮った景色は、明治時代から呉海軍工廠として軍事優先の時代を過ごし、戦後も一帯が製鉄工場、造船所、海上自衛隊で占められている。造船所は曲折を経てはいるが、石川島播磨重工業がかかわっている。戦艦大和を建造した技術からか10万トン、20万トンのタンカーを建造してきた。タンカーは「折れる」事故が続いて、大型のものを造るのは止めたと、昔聞いたことがある。
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