中村哲さんがアフガニスタンで、医療と井戸、用水路造成に取り組み、用水路造成がうまくゆかなかった時、難関を突破する参考とした山田堰に行ってみた。「1790年、堀川の恩人と呼ばれる古賀百工により筑後川を斜めに堰き止める、日本で唯一の石張堰である山田堰が誕生」した。(農水省HP)改修はこの後も工事がされて、コンクリートも使って「それらしき」体裁を残しているらしい。
この堀川用水のおかげでコメの作付面積が飛躍的に拡大したが、その用水造成手法がアフガニスタンでどれだけ役に立ったことだろう。現在の戦時拡大に心を奪われる連中に「平和主義」の爪の垢を煎じて飲ましてやりたもの。
-石碑から
中村哲
1946年福岡県生まれ
1973年九州大学医学部卒業
1984年 パキスタン・ペシャワールに赴任
1986年アフガン・レプロシー・サービス(ALS)設立現平和医療団日本(PMS)
1991年アフガニスタン・パキスタンに合計11ヶ所の診療所を開設
2000年からアフガニスタン国内の水資源確保のため約1,600本の井戸を掘削
2002年「緑の大地計画」を立案
2003年「百の診療所より一本の用水路」を合言葉に用水路建設に着手
2010年山田堰をモデルにした取水堰をクナール河に築造マルワリード用水路25km3.000haの荒れ果てた農地や砂漠を緑に変えたその後、2019年までに9ヶ所の取水堰を築造16.500 haを潤し65万人の暮らしを支える。
2019年12月4日アフガニスタンにて銃撃を受けて死亡(享年73歳)

















































