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2026年4月28日火曜日

2本のひょろりとした細い石の門が気になって引き返してみた(阿蘇郡小国町で)

 道路からは片手ほどの数も見えない街並みを抜けてしばらく走ってから、石の門が見えていたのが気になって戻ってみた。道路からは少し高い位置に、すっと立ってやけに目立っていた。

車を降りて門までつづく坂を上ると、広くはない運動場が目に入った。広場はがらんとして、ところどころに水が溜まっていた。向かい側の小高い位置に建物があった。門の恰好からして、多分学校だったのだろうと思えたが、それにしては小さな建物だった。建物の脇に階段が見えて登っていけそうだ。一瞬迷ったが足元を気にしながら上っていった。

小さな建物と施設はもうじき壊れそうな感じだった。「校舎」は樹々に入り込んで隠されていてよくわからない。階段を登り切ったところに建物があり、戸が少し開いていた。隙間から覗くとどうやら体育館らしい。

床がしっかりしていそうで、入っていくのも大丈夫そう。断りなく本当はいけないのだろうなと思いながら、どうせ断るところはないな、などと屁理屈をつけて中に入ってみた。以前に東京の五日市の奥に撮影にいったときも、古い学校跡を見たことがあるが、まだ一部が現役で使用されていたからそれなりの人臭さがあった。使われなくなった校舎も、文化財として見学ができるように整理されていた。

そことは一段古さをもった体育館の、開いている戸をすり抜けて中に侵入(不審者ではありません!)すると、不思議な光景が目に入ってきた。椅子が体育館の舞台に向かってゆるく丸型に一列になっておかれていた。なんだろう、想像をめぐらすがわからない。

床がそんなに汚れているわけでもなく、壁には子供たちが現役時代に使ったらしい賞状、写真、工作物が整然と飾られていた。「なにか」のときにこの場で催しがあるのかもしれないと、それらを見て思った。

いろいろな写真を撮るけれども、自分の思いと被写体から醸し出される「なにか」が残ればといつも思う。写真の良しあしはいつも脇に置いて、かくあるべき何かをとらえることができるのかどうか、さっぱり確信はない。でもとにもかくも、これで続けるよりてはない。学校という代物はこころに残る素材には違いない。











 

「杉室小学校跡の碑」と書いてある





2026年4月21日火曜日

九州の旅 高千穂峡は、ダイナミックな岩が印象的だった

 せっかく九州に飛んできたのに、有名な観光地も行かなくてはと選んだ高千穂峡。近くまで行ったら、現場に行くのに駐車場があちこちにあってどこに止めたらよいのか迷った。グーグルの地図でも現場に入ると読み切れない場所もある。昔のように観光地図と案内はもっていないので、感を働かせることも必要らしい。そんなに観光客が多いということもなくて、互いに邪魔にならず歩き回れた。写真でよく見る峡谷をめぐるボートはやはり人気らしく、待ち時間が相当あったようだった。








2026年3月30日月曜日

九州の旅 可笑しかった「木の動物園」

 動物園は動物を飼育して見せるところだけれども、それが「植物」であれば植物園。通りかかった阿蘇山への途中で霧の中で見つけたのが奇怪な「動物」。植物でこしらえた動物の面白さを、写真に撮ることにした。とはいえ動物を模した木々を撮るだけでは面白味はあっても皆同じような写真になって変化に欠けて面白くない。スマホで撮ることにして、ちょうど霧をバックにしたシーンをたくさん撮った。不思議なものを見て可笑しく思ったが、千羽鶴鹿園公園の看板があった以上のことは不明だった。









2026年3月27日金曜日

九州の旅、もう一つのメガソーラーを撮る

 以前にテレビで、安蘇の南麓、山都で牧場をしていた経営者が、その場所を太陽光発電所に使用させたとの報道を見た。土地を売ったのか貸したのかは記憶にないが、阿蘇山一体には放牧場がたくさんあるらしい。旅の後半で阿蘇外輪山の頂上部を「野焼き」して、広大な枯れ野になっているところを見た。それだけ畜産のための牧草地があるわけなのだろう。

事情があって畜産から離れて(牧草地を止めたのかもしれない)、役に立つならという思いで、メガソーラーへの事業転換に合意したのだろうと思うけれども、メガソーラーが抱える問題から批判がぶつけられて、「そんなつもりでないのだけど」と話しているのが印象に残っていた。

「AI対策」の電力増がまた拍車をかけて、国が補助金をだしてまで太陽光発電を押し進めた。太陽光発電施設開発事業への「規制緩和」が環境破壊をやりやすい制度を使って、荒っぽく開発された結果現在のような問題が生じた。ここまで自由にやれる日本とは?と考えざるを得ない。リニア新幹線だの北海道新幹線の延伸、都市部の再開発・高層マンション建設だのと、国の補助金(税)を投入して、電力需要の種をどんどん拡大しているのだから何おか言わんやだ。

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時事通信 経済部 2025年12月15日20時32分 配信

メガソーラー支援廃止を提言 27年度以降、環境への悪影響考慮一自民

自民党の経済産業部会、環境部会などの合同会議は15日、大規模太陽光発電所(メガ
ソーラー)に対する支援廃止の検討を盛り込んだ提言案をまとめた。2027年度から新規事業者を補助対象から外すよう求める。環境や景観の破壊などが各地で問題となっており、東日本大震災以降続いてきた普及促進策の転換を迫られた形だ。
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安蘇の南麓、山都町のメガソーラー(グーグル航空写真)


撮った写真では迫力がもうひとつ















2026年3月16日月曜日

九州筑後川の山田堰に行く

 中村哲さんがアフガニスタンで、医療と井戸、用水路造成に取り組み、用水路造成がうまくゆかなかった時、難関を突破する参考とした山田堰に行ってみた。「1790年、堀川の恩人と呼ばれる古賀百工により筑後川を斜めに堰き止める、日本で唯一の石張堰である山田堰が誕生」した。(農水省HP)改修はこの後も工事がされて、コンクリートも使って「それらしき」体裁を残しているらしい。

この堀川用水のおかげでコメの作付面積が飛躍的に拡大したが、その用水造成手法がアフガニスタンでどれだけ役に立ったことだろう。現在の戦時拡大に心を奪われる連中に「平和主義」の爪の垢を煎じて飲ましてやりたもの。

-石碑から

中村哲

1946年福岡県生まれ

1973年九州大学医学部卒業

1984年 パキスタン・ペシャワールに赴任

1986年アフガン・レプロシー・サービス(ALS)設立現平和医療団日本(PMS)

1991年アフガニスタン・パキスタンに合計11ヶ所の診療所を開設

2000年からアフガニスタン国内の水資源確保のため約1,600本の井戸を掘削

2002年「緑の大地計画」を立案

2003年「百の診療所より一本の用水路」を合言葉に用水路建設に着手

2010年山田堰をモデルにした取水堰をクナール河に築造マルワリード用水路25km3.000haの荒れ果てた農地や砂漠を緑に変えたその後、2019年までに9ヶ所の取水堰を築造16.500 haを潤し65万人の暮らしを支える。

2019年12月4日アフガニスタンにて銃撃を受けて死亡(享年73歳)





撮影した写真は判りずらい失敗作だった。NETから拾って使わせていただいた写真。写真の上部の堀川用水に取り入れるための堤で、本流の水の流れを減殺して流すものと解る。





2026年1月1日木曜日

毎日難儀なことばかり♫…ばけばけ

いや実にそのとおりと思うけど、ばけばけの歌詞は主人公の人生は、前向きにという意味合いがあるんだとAIが説明していた。つまずいても無事立ち上がれれば言うことはないけど、倒れたら骨を折るかもしれない。振り返って気をつけなければならないこともたくさんあるけど、厄介さも面倒もある。今朝は元旦ではあるけれども、例のパソコンの具合(ほとんど自分のせいの具合)が捕まえきれなくて、大みそかまで引きずってしまったので、二年越しの「ヒマツブシ」に突入といったところ。

日記を書いたときの文章の不具合、つまりキーボードのあやつりと、文章の見直しの手抜きでおかしな綴りがいくつもあった。パソコンソフトが一年とおして覚えていてくれているのがわかって、知ったからには直さないわけにもいかずに、修正作業をした。入力時の注意力の低下なのだろう。

そのついでに、日ごろに日記に記している「休酒」「飲酒」の一年間の数を検索してみた。昨年、家飲みはしないようにしていたつもりが、驚いたことに「休酒」は231日という記録だった。63%の飲まない日が多いのかどうかはさっぱりわからないが、飲んだ日が37%となると野球の打率でいうとかなり高めになるのかな?脂肪肝対策にはなったのだろうか?

ブログは本音では「ふうふう」といいいつ2088本に達した。

昨年のトピックはパソコンとの付き合い。なにせ脳梗塞か認知がかかったかと思うような頭で、パソコンを「いじりまわす」のだからパソコンだってたまったものじゃないと思う。それを反省もせず、「これやってみちゃえ」という子供心を先行させていくのだから、まずった結果が大きくても己のせい。

とうとう新しいパソコンを11月に入れて写真の講師にも助けを借りて動かしている。ようやくその結果が安定的になったように見えた。しかしまたやらかしてしまって、パソコンファイルのコピーなるものが動きはじめて止まらない。

これは仕方なくコピーされたものを削除するさいかなさそうで、年をまたいで働き甲斐のありそうな始末となっている。

暮れに合唱団のグループと温泉に行き、熱海梅園を訪れてみた。梅は1月10日にオープンとのことだったが、ちらりほらりと花をつけていた。観光客が少なくてゆったりと園内を回って歩いた。

小田原は一転、観光客がいっぱい!だった。












2025年12月17日水曜日

短い秋のど真ん中周って中禅寺湖

れでもかというような暑い気温が、急降下で低気温に見舞われて、季節の移り変わりを感じる間もなく、秋に突入した。と思えば今はみごとに冬だ。

いつもの墓参りの旅で、今回の復路は中禅寺湖を通るコース。運転は娘に頼りっぱなしで、道路の行程も同様に任せきり。今回の宿泊場所も選んでくれて、となりの助手席で移り変わる景色を楽しむばかり。

なるべく居眠りはしないようにはするが、このところは齢のせいかときたま眠さに負けることがある。たまに運転を変わることがあっても、いくらかのお手伝い程度。運転はきらいではないが、すぐに眠くなるし、腕前技術が落ちているのは気合だけでは隠せない。隣にいてシミュレーションしていても自覚する。

車の運転を必要とする生活ではないから、免許更新はしなくても困ることはないのだが、免許がなくなると寂しい気がする。さんざん迷った末もう一度だけ更新しようかと、認知症検査を受け高齢者講習会にも行ってきた。視力検査、動体視力、夜間視力、視野角度の検査をしたら、平均的な結果だった。運転はアドバイスを一つ受けた。

まあ大丈夫かなのかの感触だった。認知症のほうは日常「自覚あり」のことなので心配はある。基本はこれも「自己責任」で取得ということになりそうだから、なるべく運転は避けることが正解かもしれない。講習会の話では、高齢者の事故は多いと日々ニュースで取り上げているけれども、件数が増えているわけでなく若者の免許取得者が減っているので、相対的に多くなっているとのことだった。