2026年2月8日日曜日

都合の悪い時には聞こえないふり

 年寄りの「戦術」として「聞こえないふり」ってあるのだろうか。自分がその境地に立つとたしかにシビアで面倒なやり取りを避けるという態度をとることがある。目くじらたててというほどのことはないが、われわれ素人衆に月並みな笑い話として問題ないとしても政治に携わろうというものがこれでは問題だ。知らん顔が漫画では笑われた時代も共感を呼んだ。たぶん、かつては高齢者には優しくしてあげるべきとの「配慮」も、共生していることの意味合いとしてあったのだろうと思う。

でもここが薄くなっているのかも。最近SNSで高齢者に席を譲るなという若者の投稿が多いという。それが正面切っての高齢者排除となっているような主張で愕然とする。確かに若者が夜中も働かされて、座って寝たいという気持ちも理解はできる。今の労働環境はとても酷いと思う。「退職代行業」が幅を利かせているのもそれを表している。自分たちが働いていた時代とは雲泥の差を感じる。まだ自分で退職の意思を伝えれば間に合った。労働環境がいかに酷いものななったかが想像できる。

ゆとりのない弱者同士が争うのは「当たり前で自然」なことではない。健康保険の負担においても老若の対立をあおる政治が輪をかけているのだと思う。「対立・分断」が支配者層には必要な戦術であることは間違いない。

選挙の「論戦」はまったくの不十分さを感じる。消費税減税では、財源はどうするのか?の議論が論戦として成立していない。テレビの番組でも軍事費拡大については、その扱いについては「当たり前」としている風で選挙論戦で言及がされていないという指摘もあったが、大部分は言及を無視していて異常さ感じる。

一般論で税の必要性は当たり前のことなのに、消費税を減税すれば「財源がなくなる」から議論は別の組み立てがいるみたいなことが話されていた。選挙結果がどうなるかはわからないが、ここで終わるわけではない。財源は「在り処」に求めればいい。

今朝投票を終えて外に出たとき、すぐ近くに高齢者夫婦がいて、男の人が具合が悪そうで座り込んでいた。若者女子が助けていたが、投票所が近いので知らせて対応をお願いした。こんな天候の時でもまじめに投票をしてくれる人たちへ、どれだけの投票結果が戻ってくるのだろうか。

疑念を持ちつつ、たとえ戻らないにしても、戦争に大手を振って進むことはなんとしても止めたい。「聞こえないふり」はこれだけには無理で、生きているうちは平和憲法のもとで戦後を暮らしたものの吟じとしたい。





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