2026年9月3日木曜日

命拾いのグズさ加減

 どちらかというとグズだと、人に言われはしないものの、もっと頭の回転がよかったら違った人生があったのかもしれないと想うことがある。でもそれが原因で損したということはあまり記憶にない。不都合は忘れることにしているせいか?

かえって得をしたことはあった。20歳のころだったか、三宅島の民宿に遊びに行ったときのこと。梅雨明けの前の海は波が高かった。泳ぎに自信があるほどではなかったから、砂利の浜をずっと先まで歩いて波の静かなところを探してみた。でもどこまで行っても泳げそうな穏やかさはなかった。足元は砂ではなく砂利で、引き波は足元がすくわれて立っていられないほどだった。

しかたなく泳ぐのはあきらめて、浜に寝転んで過ごしていた。ところがそのとき海に入って泳ぎ、運悪く溺れてしまったという事件が起きた。それも二人。一人は自衛隊員だとあとから聞いた。

7月に入ったばかりのときを見計らって一週間滞在する予定だった。分厚い本を数冊もって民宿へ転がり込んで、面倒なことを忘れて過ごすつもりだった。でも命拾いをしたにもかかわらず、その後の民宿暮らしではさして読書量はすすみはしなかった。

民宿の食事は好きな魚の料理がでたが、「お頭」(多分まぐろ)が大きな鍋にどーんと煮られていて、何日も「楽しんで」食べた。天気はその後もグズグズと梅雨明けせずにいた。はては民宿の人にからかわれて、お前さんがいると梅雨が明けないから帰れと言われた。

穏やかに遊んでくれる海もある



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