ヒロシマ、ナガサキの式典を見ていて、県知事、市長の挨拶や催しの様子を見て、政府の挨拶だけが浮いて見えた。「核兵器をなくせ」の願いは被爆地「だけ」でなく、日本を挙げての願いなのだと改めて思った。
テレビの報道映像がいつもの年より深く掘り下げた内容のものがあった、81年を経て絶やすことがなかった運動の蓄積が動かしていると実感した。同時にそれに向き合えない日本の政治には未来を担う資格はないというしかないと…。
たしかにここにきて内閣支持率が下降しているのは、そんな政治の姿が見えるようになってきたからだろう。あこぎな手を使って支持率浮上をねらっても、結局政治の「態度」を隠しようがない。とはいえ、「現」政権の暦年の当事者がずっとその繰り返しで、変容の具合が見せ金でしかないことも、振り返る癪の種ではある。
日本の平和が危ない。現憲法の障害を覗き、ものみな「戦争経済」への路へ向かって進め!としているとき、核を持ち込みOK、核を持つという主張さえ浮き出そうかということに至っては、危機の割には穏やかな支持率低下という気がする。「戦争やっちゃならぬ」は100%国是になるべきだ。無資格者は政治から遠ざけなくてはならないと思う。


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