2026年2月8日日曜日

都合の悪い時には聞こえないふり

 年寄りの「戦術」として「聞こえないふり」ってあるのだろうか。自分がその境地に立つとたしかにシビアで面倒なやり取りを避けるという態度をとることがある。目くじらたててというほどのことはないが、われわれ素人衆に月並みな笑い話として問題ないとしても政治に携わろうというものがこれでは問題だ。知らん顔が漫画では笑われた時代も共感を呼んだ。たぶん、かつては高齢者には優しくしてあげるべきとの「配慮」も、共生していることの意味合いとしてあったのだろうと思う。

でもここが薄くなっているのかも。最近SNSで高齢者に席を譲るなという若者の投稿が多いという。それが正面切っての高齢者排除となっているような主張で愕然とする。確かに若者が夜中も働かされて、座って寝たいという気持ちも理解はできる。今の労働環境はとても酷いと思う。「退職代行業」が幅を利かせているのもそれを表している。自分たちが働いていた時代とは雲泥の差を感じる。まだ自分で退職の意思を伝えれば間に合った。労働環境がいかに酷いものななったかが想像できる。

ゆとりのない弱者同士が争うのは「当たり前で自然」なことではない。健康保険の負担においても老若の対立をあおる政治が輪をかけているのだと思う。「対立・分断」が支配者層には必要な戦術であることは間違いない。

選挙の「論戦」はまったくの不十分さを感じる。消費税減税では、財源はどうするのか?の議論が論戦として成立していない。テレビの番組でも軍事費拡大については、その扱いについては「当たり前」としている風で選挙論戦で言及がされていないという指摘もあったが、大部分は言及を無視していて異常さ感じる。

一般論で税の必要性は当たり前のことなのに、消費税を減税すれば「財源がなくなる」から議論は別の組み立てがいるみたいなことが話されていた。選挙結果がどうなるかはわからないが、ここで終わるわけではない。財源は「在り処」に求めればいい。

今朝投票を終えて外に出たとき、すぐ近くに高齢者夫婦がいて、男の人が具合が悪そうで座り込んでいた。若者女子が助けていたが、投票所が近いので知らせて対応をお願いした。こんな天候の時でもまじめに投票をしてくれる人たちへ、どれだけの投票結果が戻ってくるのだろうか。

疑念を持ちつつ、たとえ戻らないにしても、戦争に大手を振って進むことはなんとしても止めたい。「聞こえないふり」はこれだけには無理で、生きているうちは平和憲法のもとで戦後を暮らしたものの吟じとしたい。





2026年2月2日月曜日

逃げるのは戦略のうちだけど、言論から逃げてはいけない

 逃げるなどとめったなこといっちゃいけません。突出した発言から「反省」もなく突っ張るばかりの態度しか取れないかと思うと、党首討論で「突っ込みをうける」場面はないほうがいいと考えるのかと想像したりする。そんな仮想空間を膨らませるのはよいことではない。事実は違うと反論の言い訳を、上手な口ぶりで言いまわすに違いないから。

モーニングショーで「指が痛くて診療を受けたあとは、選挙戦に出ているのだから、選挙期間中に再度政党討論会をやればよい。是非やってほしい」という考えを聞いてなるほどと思った。思えば選挙はやりませんと言いながら、解散をしたのだからまったくの嘘つきという批判は免れない。

メディアがそれを「嘘つき」と言わないで黙って後方支援するのだから、アメリカにいわれるままの軍事力増強が、戦争を避けるためという大嘘を同じように支援するのだろう。軍事拡大を「言わない、問わない」は戦争の始まりそのもであることは日本が通ってきた歴史が示している。それどころか軍事拡大を公言する「野党」も少なからずある。

これじゃ「大政翼賛会」にむけていつか来た道へまっしぐら?「江戸幕府から対外戦争をやらなかった291年、戦争やった50年、戦争をしなかった80年」をもう一度振り返って、戦争をしない年の最長不倒距離をめざしたいもの。



2026年1月25日日曜日

マイナンバーカード保有者に11000ポイント付与の差別

 小池さん。小池都知事とは気分的に言いたくないので小池さんと呼ぶことにするが、自分も払った都民税の「還元」をマイナンバーカードの保有者に限ってポイント付与するとのこと。さすがだねー関東大震災の朝鮮虐殺をものともせず、「排外主義」としか思えない態度をとり続ける知事さんに、降りかかる不届きを言わずにはいられない。

「だいたい」と「そもそも」と枕詞につけないと説明がつかない昨今の世の中で、無理やり導入して出たとこ任せの対応でやってきたマイナンバーカードは、そもそも「任意で」スタートしたものだから、どこまで行ってもねじれてしまう。無理やりへの批判を食らってあれやこれやのカーブを投げて飲み込ませようと図ってきた。といっても打ち返す国会の議論はさっぱりわからないまま、ポイントの甘みをふりまかれて、持つことを実質強制された。

それに輪をかけての東京都の「ポイント付与」だ。マイナンバーカードでの健康保険の扱いはどれほどの混乱を生じているか?この国の様を見て、いったい他国ではどんな風に映っているのか聞いてみたくなる。(念のためだけれど、「ましな国」であればその利便性を否定はされないだろう。マイナンバーカードをもたない人は10%程度はいる。持たない人に現金とほぼ同様のポイントを出さないということが通っていくのだろうか。

2026.01.16小池知事定例記者会見








2026年1月22日木曜日

ニコニコして解散します?

 解散の名称がいろいろな人から出されて賑やかなこと。正月だから賑やかなのは普通かな。記者会見で発表されれ前から読売新聞のスクープが表に出て、やっちゃいそうな雰囲気を見せながらとうとう現実に解散及んだ。そりゃないんじゃないのと思うけど、600億円余か700億円とかお年玉にしちゃでかすぎる金額を使い込むという。

いままでの到達も無視して中国とガチンコでやりあいして緊張を高め、アメリカでは極上のドレスを着てタレントのようなはしゃぎぶり。防衛費増を言われるがままに飲み込むつもりで、新年度の一般予算案も棚上げして国会の審議を止めた。統一教会との癒着や31億円もの政治資金集めも、正すべきことを避けて、これまでの膿を隠しとおす戦略にでた。

ただ勝てばよくて、それしか道がないというこれまでの政治の延長では、なにに寄らず良くなることは考えられない。あまりにも短い選挙公示日で選挙はがきを出す時間もないという事態も発生している。国民に信任されることが必要だなど、大統領制度とはちがう制度も承知の上で強引に解散に突っ込む。どこが「民主主義」なんだろう。

「民主主義」とか「法の支配」などとの言葉をそのときの都合で使うな。首相の専権事項などを正当化する議論もあるが、憲法に明示されない解散を平然としてやるのは許されることではない。そのことも含めた批判を選挙の結果にあらわさなければならないのだろう。なにより、「戦争への道」へレールが敷かれるような結果は避けたい。

Facebookに投稿された杉並区長さんの投稿があった。


ー 岸本聡子 広報

本日1/19、高市早苗首相は、1/23召集の通常国会冒頭で衆院を解散すると表明しました。

総選挙は1/27公示、2/8投開票の日程です。

これを受け、 #岸本さとこ を含む5人の自治体首長が「衆議院解散に伴う自治体首長の緊急声明」を公表しました。

国の来年度予算が年度内に成立しなければ自治体運営にも影響が及びます。

また超短期間の選挙準備は自治体職員に大きな負担がかかります。

こうした自治体からの批判と懸念を、ぜひ多くの方に知っていただきたいと思います。

★声明文

https://lin-net.wraptas.site/2edc46d2e05a803b8dfccf01a441...

※自治体首長のみなさんの賛同を呼びかけています。

賛同フォーム

https://docs.google.com/.../1FAIpQLScJg3nvVMfISa.../viewform

===声明文全文===

【賛同を呼びかけます】衆議院解散に伴う自治体首長の緊急声明

1 月 19 日、「衆議院解散」を明言する高市早苗首相の記者会見が行われました。

しかし、読売新聞が 1 月 9 日に「高市首相、衆議院解散を検討」と報じて以降、10 日あまりにわたり正式な表明がないまま、自治体は選挙準備を進めざるを得ない状況に置かれてきました。

1 月 10 日付で総務省からは、「本日の朝刊等において、1 月 23 日召集予定の通常国会冒頭に衆議院解散の案が浮上しているとの報道があったため、選挙管理委員会において準備を進めるように」との、極めて異例の通知が発出され、自治体は突然、総選挙に向けた実務に着手することとなりました。

選挙を実務として支えているのは、自治体職員です。

自治体はいま、新年度当初予算の編成作業の真っただ中にあり、予算議会を目前に控え、年間でも最も業務が集中する時期にあります。加えて、昨年夏以来の懸案である「物価高対策」について、国の補正予算が12 月 16 日に成立し、「重点支援地方交付金」として年度内執行を求められたことから、年末年始をまたいで臨時議会を開き、執行体制を構築してきました。その最中での、突然の解散・総選挙対応です。

この時期に解散・総選挙が行われれば、国の来年度予算が年度内に成立せず、暫定予算となる可能性が高まります。暫定予算となれば、行政運営に必要な経常経費以外の予算執行に制約が生じ、自治体運営にも大きな影響が及びます。

1 月 19 日の解散表明、23 日の解散、27 日の公示という「超特急」の日程のもとで、自治体の選挙実務は翻弄されています。期日前投票が定着した今日において、投票所入場整理券をいつまでに住民へ届けられるのか、極めて綱渡りの調整を続けています。1 月 9 日の解散報道以降、正式な表明がないまま、自治体職員は事実上の緊急体制を強いられてきました。

投票日が 2 月 8 日なのか、2 月 15 日なのかさえ、首相の解散表明があるまで不明な中、最短日程に間に合わせるために、現場には過度な負荷がかかっています。

日常業務に加え、国の経済対策への対応、さらに選挙事務が短期間に集中することは、今後の行政運営や職員の働き方に深刻な影響を及ぼしかねません。私たちは、自治体の責任者として、強い問題意識を抱かざるを得ません。

本来、「物価高対策」を最優先とするのであれば、国会において十分な予算審議を行い、予算成立を経た上で、解散・総選挙に向かうのがあるべき姿です。

仮に、「今、解散すれば有利だから」「野党の準備が整わないうちに」といった政治的判断が背景にあるのだとすれば、それは国民生活や自治体実務を犠牲にするものであり、深く省みられるべきです。豪雪地帯を含む真冬の解散・総選挙は、選挙運動や投票そのものにもリスクを伴います。私たちは、今回の事態を契機として、政権による解散権の行使の在り方、乱用を防ぐための制度や議論を、社会全体で改めて行うことを強く求めます。

2026 年 1 月 19 日

【呼びかけ人(50 音順)】

 多摩市長   阿部裕行

 小田原市長  加藤憲一

 杉並区長   岸本聡子

 中野区長   酒井直人

 世田谷区長  保坂展人





2026年1月12日月曜日

パソコンとの苦闘2か月

 27年も前から付き合ってもらっているパソコンの調子が悪くて、昨年11月に新しく入れたものが、なじんでくれなくて参っている。妙な通知が現れて、差しこんだUSBがWindowsが最初に認識したものと違うなどと、パソコンを立ち上げる都度知らせてくれる。メーカーに援助してもらってデータを残したままの「初期化」をこころみたが、結局また現れる。

そのほかにも写真のソフトの移行やらで一度はパソコンに収まったソフトを再度インストールするなど膨大な作業に強いられている。そんなに残さなくちゃならないほどの大事なものが、現人生でそんなにあるはずがないのに、なんでもかんでもパソコンにしまい込んで、断捨離しないでサボっているから、建て替えで荷物とゴミを残したままの新築工事みたいなことになっている。

年月を経てパソコンも進化をしているので、昔の知恵だけでは歯が立たない。以前はもっと簡単に初期化もできた記憶なのに、今はそうはいかなくなった。だいたい自分の脳が動かずにうまく対応できない。

スマホという厄介で便利で金食い虫のようなものが、片手で動く時代だからもう高齢のわが身には勤まらなくなっている感じだ。でもしかしパソコンもスマホも動かしていないと、他人とのつながりが失せてしまうのがある意味怖い。スマホ使わないと、食事を家に届けてもらうこともできないという冗談も、冗談でない時代になってしまった。

暮れぎりぎりに忘年会で湯河原に行った。暖かい日差しがなによりで、懐石料理を楽しみ、熱海梅園で開き始めた梅を眺め、小田原で正月用の食品を購入してきた。せっかくの息抜きも、松の内を過ぎても収まらない苦闘状態が続いている。















2026年1月4日日曜日

明けない夜はないというが、戦争という妖怪闊歩では

アメリカがとうとうベネズエラに本格的な攻撃を始めた。これまでの「和平」なるものの正体が見えるようだ。平和にしようという大義はいま存在するのだろうか。どんな国であれ頭越しに暴力で仕掛けるのでは、20世紀に逆戻りだ。

この世界に「防衛力増強」をしれっと進めようという日本なのだから、かつての「侵略戦争」の無反省さがそのまま生き写しに浮かんでくる。

年賀状はついに出さなかった。年末のテレビ番組で年賀状について取り上げていた。コミュニケーションとしての存在で、やめるもよし再開するもよしという「研究者」のコメントがあって、なるほどと思った。高額になった年賀状を論ずることはなかったが、いつも年賀状のあいさつを準備するのが難題でいつも苦労していた。

このおり何より心穏やかならぬ事件が多くて、事を綴るのもなかなかできなくなってきた。表づらの言葉を重ねても仕方がないし。つまるところ「挨拶」をかわすような現世ではないという気分が先行してしまった。でも一応新年の心持をどう表すか?を当たってはみた。結果は「いろはにほへと」だった。なかなかの含蓄がある。

 *色は匂へど 散りぬるを

万物は常に生成・変化・消滅しており、一時もとどまってはいない

*我が世誰ぞ 常ならむ

生あるものは必ず滅びる

*有為の奥山 今日越えて

生まれ死ぬという無上の現世を超越して、悟りの境地に至り

*浅き夢見じ 酔いもせず

煩悩に満ちた現世を脱し、生死の苦から説き放れたとき、真の楽しみの境地が開かれる


昨夜は満月が煌々とかがやいていたが、眺めてみると暗闇ばかりではない気も少し感じていたが…。戦争が当たり前であってはならない。それ以上に「止めさせる」ことに少しで動くことが大切ということだろう。田中優子さんが日曜版で語っていた「江戸は、戦いのない平和な世の中で文化が発展した」は読み解くべき言葉と思った。始まったら「おしまい」で,
戦争をやめる哲学は存在しない。







2026年1月1日木曜日

毎日難儀なことばかり♫…ばけばけ

いや実にそのとおりと思うけど、ばけばけの歌詞は主人公の人生は、前向きにという意味合いがあるんだとAIが説明していた。つまずいても無事立ち上がれれば言うことはないけど、倒れたら骨を折るかもしれない。振り返って気をつけなければならないこともたくさんあるけど、厄介さも面倒もある。今朝は元旦ではあるけれども、例のパソコンの具合(ほとんど自分のせいの具合)が捕まえきれなくて、大みそかまで引きずってしまったので、二年越しの「ヒマツブシ」に突入といったところ。

日記を書いたときの文章の不具合、つまりキーボードのあやつりと、文章の見直しの手抜きでおかしな綴りがいくつもあった。パソコンソフトが一年とおして覚えていてくれているのがわかって、知ったからには直さないわけにもいかずに、修正作業をした。入力時の注意力の低下なのだろう。

そのついでに、日ごろに日記に記している「休酒」「飲酒」の一年間の数を検索してみた。昨年、家飲みはしないようにしていたつもりが、驚いたことに「休酒」は231日という記録だった。63%の飲まない日が多いのかどうかはさっぱりわからないが、飲んだ日が37%となると野球の打率でいうとかなり高めになるのかな?脂肪肝対策にはなったのだろうか?

ブログは本音では「ふうふう」といいいつ2088本に達した。

昨年のトピックはパソコンとの付き合い。なにせ脳梗塞か認知がかかったかと思うような頭で、パソコンを「いじりまわす」のだからパソコンだってたまったものじゃないと思う。それを反省もせず、「これやってみちゃえ」という子供心を先行させていくのだから、まずった結果が大きくても己のせい。

とうとう新しいパソコンを11月に入れて写真の講師にも助けを借りて動かしている。ようやくその結果が安定的になったように見えた。しかしまたやらかしてしまって、パソコンファイルのコピーなるものが動きはじめて止まらない。

これは仕方なくコピーされたものを削除するさいかなさそうで、年をまたいで働き甲斐のありそうな始末となっている。

暮れに合唱団のグループと温泉に行き、熱海梅園を訪れてみた。梅は1月10日にオープンとのことだったが、ちらりほらりと花をつけていた。観光客が少なくてゆったりと園内を回って歩いた。

小田原は一転、観光客がいっぱい!だった。












2025年12月23日火曜日

一日置いてまたカラオケにいく

殆ど行っていないカラオケに一週間に2回もいく?一回目は最初から行く予定になっていた。ランチでかるーく一杯やってから、有名な「まねきねこ」に飛び込む。同じ建物なのでさっさと部屋に入り込めた。

自分からカラオケに行きたいと思っていたのは、もう何年前だったか。今は合唱団に加わっているので、特に歌いに行きたいという気はあまり涌いてこない。今回はなぜか気が乗って、面白くてたくさん歌って楽しい場になった。何を歌うのかを選ぶのがちょっとやっかいだけど、端末に慣れさえすれば日頃の飲食店での「注文端末」と同じように、何とかなるものだった。

やっぱりこの世はデジタルぬきに買い物もできなくなってしまったから、いやでも慣れていかざるを得ないなと思う。歌は嫌いでないから、最近のものはさておいて「青春時代」からの知り合いの「歌曲」は様々ある。

アルコールが入ってのこと、自分が歌った後は人の歌など聞くでもない場面もある。多分カラオケとはそうしたものだろうと理解し、時には拍手をして称えることもする。

一日置いて写真の会の忘年会が昭島で持たれた。「忘年会をやろうということが少ないじゃないか、そういうこともやって楽しい会にしよう」という発言に同調して、なんとまたしてもカラオケに行くことになった。

飲んだ勢いはあるけれど、昭和の時代のような楽しい時間を持てて気持ちが明るくなった。歌った歌、気に入った歌をスマホのメモに書き込んでおいた。次の備えのために。





 
スバル
喝采
コスモス
少年時代 井上陽水
神田川
シクラメンの香り
宗谷岬
地上の星
無縁坂
夜の銀狐
いい日旅立ち
別れの一本杉
黄昏の銀座
雪が降る
南国の夜
見上げてごらん夜の星を
ラブユー東京
影を慕いで
麦と兵隊
別れのブルース
舟歌
同期の桜
※同期の桜、麦と兵隊は「昭和100年」の中にある。こんな歌があったと歌ったほうがいいと何気なく思った。今回歌ったものでないけれど、むろん反面教師で。

2025年12月17日水曜日

短い秋のど真ん中周って中禅寺湖

れでもかというような暑い気温が、急降下で低気温に見舞われて、季節の移り変わりを感じる間もなく、秋に突入した。と思えば今はみごとに冬だ。

いつもの墓参りの旅で、今回の復路は中禅寺湖を通るコース。運転は娘に頼りっぱなしで、道路の行程も同様に任せきり。今回の宿泊場所も選んでくれて、となりの助手席で移り変わる景色を楽しむばかり。

なるべく居眠りはしないようにはするが、このところは齢のせいかときたま眠さに負けることがある。たまに運転を変わることがあっても、いくらかのお手伝い程度。運転はきらいではないが、すぐに眠くなるし、腕前技術が落ちているのは気合だけでは隠せない。隣にいてシミュレーションしていても自覚する。

車の運転を必要とする生活ではないから、免許更新はしなくても困ることはないのだが、免許がなくなると寂しい気がする。さんざん迷った末もう一度だけ更新しようかと、認知症検査を受け高齢者講習会にも行ってきた。視力検査、動体視力、夜間視力、視野角度の検査をしたら、平均的な結果だった。運転はアドバイスを一つ受けた。

まあ大丈夫かなのかの感触だった。認知症のほうは日常「自覚あり」のことなので心配はある。基本はこれも「自己責任」で取得ということになりそうだから、なるべく運転は避けることが正解かもしれない。講習会の話では、高齢者の事故は多いと日々ニュースで取り上げているけれども、件数が増えているわけでなく若者の免許取得者が減っているので、相対的に多くなっているとのことだった。










2025年12月13日土曜日

AIに使われてどうなるのかを想像する

最近はNETの検索で答えてくれるAIの結果は、書き込んだ文節に対応してくれるので、だいたい「聞きたいこと」に沿ったものが出てくる。書き込んだ短文の要領のよさも左右するので、その手法も影響する。知らぬことの理解を広げてくれる「検索」結果は、昔であれば広辞苑、国語辞典や様々な本などだったのに、現在はそこを超えてスマホ一つで、NET上に所在する情報をくみ取って答えを出してくれる。

でもその簡便さと利便が広がって「社会」の発展に貢献すると素直に受け止めるわけにはいかない。例えば裁判で「冤罪」を含む判決内容は、どう扱われるのだろうなどと考えると、心穏やかでない。

AIを使って作文をすることは、小学生が利用しているといわれているが、お試しでやってみた。確かに素晴らしくまとまっているように思う。しかし利用した人間がみなオリジナルでない文章になったらどうなるのか。

ハサミの使い方の問題になるともいえるけど、ハサミを使っていない人の問題はある。公正だとか正義だとか民主主義はどう扱われるか、憲法は?目下のさまたげのない自由勝手なAI開発にそのまま未来を預けるなんて気持ちが悪い。

~合唱団で楽しんでいます~というテーマでAIに頼みました

歌声がつなぐ仲間との時間

合唱団での楽しみ

私は合唱団に所属し、日々の練習や本番の舞台を仲間たちと一緒に楽しんでいます。歌が好きで始めた合唱ですが、今では歌うことだけでなく、合唱団で得られるさまざまな経験や人とのつながりも私の人生の大切な一部になっています。

合唱団に入ったきっかけ

もともと音楽を聴くのが好きで、友人に誘われたことがきっかけで合唱団に入団しました。最初は自分の声に自信がありませんでしたが、団員のみなさんが温かく迎えてくれて、少しずつ自信を持って歌えるようになりました。

練習の楽しさ

毎週の練習では発声練習やパート練習、全体での合わせなど、充実した時間を過ごしています。時には難しい曲に苦戦することもありますが、みんなで協力して一つの音楽を作り上げていく過程はとても楽しいです。特に、ハーモニーがぴったり合ったときの達成感は格別です。

仲間との絆

合唱団は年齢や職業もさまざまな人が集まっていますが、歌という共通の趣味を通じてすぐに打ち解けることができます。一緒に歌うだけでなく、休憩時間におしゃべりをしたり、練習後に食事に行ったりと、仲間との交流も合唱団の大きな魅力です。

発表会やイベント

年に数回ある発表会や地域のイベントへの参加は、日頃の練習の成果を発揮できる貴重な機会です。大勢のお客様の前で歌うのは緊張しますが、拍手をもらったときの喜びや、舞台を終えた後の充実感は忘れられません。

自分にとっての合唱団

合唱団は、私にとって癒やしと成長の場です。歌うことで気持ちがリフレッシュされ、仲間と目標に向かって努力することで達成感も味わえます。これからも合唱団での活動を大切にし、より多くの人と音楽の楽しさを分かち合いたいと思っています。



2025年12月7日日曜日

日曜日の振り返り

 日曜日はこころ穏やかでいい。これは長年の積み重ねなのだろう。日曜とあらば釣りに出かけるのを常としていたから。草や木や土の匂いがするところでは、「溶け込んで」頭がすっきりする気持ちがしていた。なにせ余計なことを考えずに魚を確保することに集中しなくてはならないのでそのせいもある。現職の釣り師たちは元気な姿で続けていることだろう。今はその名残のおかげで、日曜のゆったり感を味わうだけになったが、少々現職が羨ましくもある。温泉旅は墓参りで毎年よく出かけている。両親ともそっち方面だから、一年に2回は「ついで」にあちこちのなるべく安めの宿を予約していくが、このご時世で、コロナの影響もあって閉じてしまうところもあり、もう十分続けてきた残余の時間を儲けなど考えずにいる宿もある。肘折温泉は毎年のようにいくが、墓に近いので頻度が高い。少し前までは定宿があったが人気があり値段も上がった。秘境の温泉と銘打っているから人気があるのだろう。予約は空きのある所になる。その温泉への途中、福島あたりで温泉宿を探す。志しの写真撮影を頭の隅よりは中心部に置いて、工程を考える。その計画を考えるのも楽しみの一つ。

11月の墓参りの「ついで」だった福島の太陽光発電所は、前に行った時よりも規模が広がっているのをグーグルマップで確認していたので、旅の工程に入れた。以前のブログ投稿に、イノシシの食餌探しの写真を載せたが、発電所は広大な面積になって見えた。








2025年12月2日火曜日

共生が大義だけの飾りでは

 生き物の頂点にいる人間たちは、自然界の一員として、共生している他のものに対してあまりに冷遇しているように思う。人間たち自らが作った「自然界」の「定義」では

・天地万物が存在する範囲

・人間界以外の、人間を取り巻く世界(グーグル日本語辞書)

・人間を含む天地万物の存在する範囲

·人間界以外の、天体や動植物など人間をとりまく自然の世界

·人間と生物を除く、物理的な世界。人間社会と取りまく自然の世界」(コトバンク)

とされて、人間を含むものか人間以外の‥とするのかの「混乱」か二重解釈になっているみたいでもある。人間たちも自然界のうちであるという考え方が、必ずしも優位ということになっていないのは、共生がよく言われる現代により大切なことではないかと思う。人間の生活エリアや生活エリアだったところに出現する熊についても、自然界の中で「人間優位」で対応するだけではことたりないのではないかと思う。

自然の有り様を考え大事にしようとの行動がないわけでもないが、ニュースを見る限り「被害」と見立てて敵か加害者のように強調されていくことで、人間の生活場に出てくる環境を作ってきた人間側の責任はあいまいに映って、熊にはちょっと気の毒かと思う。

 …熊の行動と周辺情況を見た限りで点描すると

アラスカの町は庭が広いのか、やっぱり庭の木の実を食べる

最近の日本では柿の木で昼寝する(太ってる!)

知床で熊がサケ漁をする海岸に現れるが、漁師に叱られてスゴスゴと去る

小熊の成長期には母熊が「警備」を強化する

「出会いがしら」がないように気を付ける

建物に飛び込んで動揺して走り回る(警戒心、気が小さい?)

高齢者にとびかかるが、(抵抗されて?)逃げていく

熊は人と距離をとろうとする

狩猟免許者は高齢化 しかも「趣味、愛好者」として猟銃を持つ

銃猟者はボランティア(処遇改善、公的な位置づけ必要)

熊対応、秋田県は16人他の東北各県は1人

熊の足跡を見つけたら警戒するか、そこから去る(逃げる)

小熊は母親離れで独り立ち「させられる」?

基本の食餌は植物だが最近は鹿も食う 時によっては人間も?

熊が山を下りるときは本当に困窮しているとき

繁殖したのは彼らの責任かな(繁殖過大に対策が必要)

熊に対して最後は闘う必要性

背中を丸めて頭と首を手で覆う

マタギはほぼいなくなった 解体処分の体制を作る必要

熊の肝臓の効能としては、主に胆汁の分泌促進や肝機能の改善

「人と熊の軋轢を軽減していくことが重要」(秋田副知事)

ライフルよりは猟銃で(猟師)

冬眠をやめたのは食餌ができる環境をみつけたから 

熊の生活エリアを確保することが必要だろうと思うが、人間の生活エリアも細っていることを考えると簡単ではない。せめて山を荒れ放題にしておくのはよくない。温暖化の影響がおおきく影響していることは無視できない。これは「人間側」の責任。

2025年11月24日月曜日

しかしパソコンは手ごわい

パソコンの入れ替えで新しく分かったことがいくつもあった。便利さを享受して、だいたいのところ賄いできるなと思っていたことには反省させられた。それなりにこなすなどいう次元の器具ではないと改めて見直した。

確かに利便さは体験してきたし、いくつかのことができたと思うが、なにせ「遊び」の次元のことで、「いつまでにやって、目標を達せよ」というストレスもないのだから、かなり緩い場面で過ごしていたのが実情だ。

このパソコン入れ替え作業で自分としては慎重にやってきたつもりだった。そのために新しい知識を得ることがかなりあった。しかし、最終の場面でもつまずいた。次のための、つまりパソコンはいつか必ず壊れるものだから、そのときに回復できるようにバックアップの作業が必要になる。

これを済ませれば着地できると踏んでいたところ、ファイルのコピーの際に入れ物であるフォルダーの使い方が違っていて、二重にコピーし始めた。これは想定外だったが、人間のアナログ社会であれば「入れ物はそっちじゃなく、こっち」とすれば済むところでも、「イチかゼロか、×が〇か」の嫌な性格からは、こっちが気が付かない限りそのままになって後を引くことになる。

そのうえAIとやらが、強引に割り込んでくるのだから、困ったことがまた増えるのかな。「馬鹿とハサミは‥」でいくにしても、ハサミの持ち方と使いようを知らないと役に立たない。前日夜に修正の設定作業をして、そのあとパソコンには朝方まで超過勤務をさせることになった。早朝に確認したところ、今度はうまくいったらしい。