2023年12月27日水曜日

呉で味わった牡蠣料理

 呉旅の夕食(もちろんアルコール付き)で、オコゼ丸かじりは貴重な体験だった。もう一日の宴は「かき舟」という舟。船と言っていっても呉駅の脇を流れる堺川に船が固定されている。かつて牡蠣船は5艘あったものが現在はひとつだけ。

 「かき舟」店で牡蠣、刺身を中心に漬け物までをつまみに頼んだら、どれもがおいしくて堪能した。翌日にまた来ようかと、二人で賄いをしている店主さんにお願いしいて予約しようとしたら、「休む予定なんです」といいながら相談している様子。女将さんは東京立川に30年くらい前に住んでいたとのことで、「せっかくなのに申し訳ない」と話されて、思わず「いや休んでください。また来ますから」と合わせてしまった。

 本当に口に合った料理で値段も高くなかったので、機会があればまた行きたいという気になったが、さて可能かな。店主さんは以前東京の立川に住んでいたとのことだった。






2023年12月24日日曜日

ダイアルロック解除!

 呉の旅にはスーツケースをもってでかけた。海外ではないのでダイアルロックはつかわずに、家に戻ってから使用法を再確認した。空ロックがかかったままで数字が回転してしまって開錠ができず、ジッパーが掛けられな状態になっていた。購入時にナンバーを設定したのに、その数字の組み合わせを忘れてしまったらしい。メーカーのサイトを検索して、対処方法を調べたみた結果、三桁のダイヤル組み合わせを、1000回やってみろという対処法だった。やむなく「999」から「998→997」と一つずつ試してみた。結果「888」の組み合わせたところで、ロックがめでたく開錠した。その瞬間、「ハハハ」のゴロ合わせで決めたことを思い出した。旅の終わりはハハハでめでたくお開きとなった。



2023年12月22日金曜日

呉市立港町小学校の円形校舎を撮った最終日

 円形校舎は敗戦後の時期に全国で100校くらい建設された。敗戦後教育基本法、学校教育法制定下、制度的前身がない中学校は施設が不足のため、急増された。文部省が建築学会に学校建築の標準化を依頼して、東京都建築局が建築モデル指定した新宿区西戸山小学校などの設計に採用された(1950年<昭和25年>)。

 大成建設の設計技師だった坂本鹿名夫氏がかかわり、のちに独立して、全国の円形校舎建設に貢献した。しかしベビーブームに対応する増改築に適合しないことで、60年代後半には建設されなくなった。2010年代前半には約30棟が残存という状態になった(ウィキペディア)。円形小学校は貴重な「遺産」となった。この小学校は建て替えになるとのこと。学校にお願いして「外からなら」という条件で校内に入らせていただいた。来年の建て替えの時期に公開するチャンスが来るかもしれないと友人が言う。そのとき中を撮りたいものと思うけど、さて…。













2023年12月20日水曜日

雨模様の紅葉は素晴らしかった野呂高原

 呉市の背中のような野呂高原は、海側にむかっている展望台が素晴らしい眺めだった。雨と霧ががかって、ちょっと幻想的な紅葉が撮れた。友人の案内が見事に当たった。当日は旅行の最終日で、「円形校舎」を撮りに行くことになっており、生徒たちが下校した後にとのことで、その間の時間をゆったりと歩きまわった。












2023年12月15日金曜日

由緒ありそうな建物でも情報たらず残念

 御手洗の北西にある集落(豊町大長)に車で入ったものの、道が狭くて結局折り返すハメに。グーグル地図で「飛騨家住宅主屋」を見つけて行ってみた。奥まったところにようやく見つけた家は、明治時代の建物に出てくるような古めかしいいもので、ピアノの音が聞こえていて、映画の八墓村の場面に出てきそうな雰囲気だった。その一帯が飛騨家の建物群となっているようで、歴史を事前にちゃんと調べたら、またすごいものに触れられたかもしれないと思った。ほんの僅かな雰囲気を味わっただけでちょっと残念だった。集落は「ミカン」が主要な生活の糧となっているらしく、海岸近くに「みかんメッセージ館」がデンと構えていた。経済を声高に言ってもトリクルダウンといわれても、アンマッチの虚しい響きかなとここで思った。











2023年12月13日水曜日

琉球との交流の痕跡が

 呉市街から東に向かって→下蒲刈→豊島の島々を渡って大崎下島に。北前船の停泊地だった御手洗へ。港を含む周辺が豊町大長。御手洗には庄屋、お茶屋(遊郭)などの建物が保存されている。今回は満舟寺へ。寺は荒れて寂しい感があったものの、石垣がなんとも端正で美しく印象に残った。「琉球の使節が18回江戸上りをしたときに、度々立ち寄った」と記されています。「使者たちは職掌に優れた学問・詩歌・芸能など文化放免においても当代一流の実力者や教養の豊かな人物が選ばれたことが推測されます」とのことで、「この湊と、果てしなく続く群青の海、琉球とのより深からん絆をいつまでも語りたいものです。」と交流の深かった様子が看板に記されていた。













2023年12月7日木曜日

島を削って「持続可能な開発」?

 呉市の上蒲刈島は瀬戸内海を挟んだ四国の今治が海を挟んだ向こう側にある。島の南側に大きな砕石工場があり、二か所の砕石跡が生々しく見える。この砂利や砂が都市再開発や「公共事業」に使われていることを考えると穏やかな気分でなくなる。ここからという特定はできないが、あちこちの山を削り出して辺野古の海底軟弱地盤へ投入、焦眉の神宮外苑再開発など各地の再開発事業に利用する(している)ということだろう。一棟の高層ビル、マンションでどれだけ山をつぶすことになるのだろうか。コンクリート材の供給をする側も自然破壊の被害を被っていることも忘れてはならないと思う。こんな風景を見るとSDGs(持続可能な開発)は自然界にはナマぬるいことじゃあないかと思う。