2014年4月29日火曜日

断捨離のすすめ

 山中所長は「約15年前はデータ保存の意識が十分でなく」と京都大学の山中教授。なんと続くぬかるみぞ。メタメタとはこのことだ。理研の一連の出来事は不正かどうかなどよりも、フツウのことができていないと言った方がいい。どうして大事なものを残すという神経が育成できないのかと不思議だ。

 「断捨離」の行動は、物への愛着を整理するために、これをすることによってストレスから解放されるということだとか。理研の関係者の皆さんはきっとお片付けが苦手なのかもしれない。部屋のどこにでも所狭しとものがある、そこだけは凡人とおんなじで親しみが湧いてくる。本当に必要、価値のあるものがそれによって浮かび上がるとなれば、断捨離することをおすすめしたい。

 論文がNETで確認されているというのが、ことのきっかけになっているとのことだが、それほど注目されている研究なのだということ。研究成果に関わる事情や利益構造が背景にある。製薬会社やそれにかかわる研究者などには、情報が手に入るという点がこの問題を表に出すことになった。仮に外部からの指摘がなかったどうなのだろう。「ねつ造か否かの議論」も隠れたまま、将来も引きずっていくと考えると、怖い気がする。

 小保方氏のコピペ問題もそうなると、妙な貢献をしたことになる。もともとHPはアメリカの大学の研究情報を共有するためにできたというから、その点は特異なのかもしれない。イロハのイをわきまえなかった研究者たちとなるのでは情けない。
 韓国でもそんなことがあったというから、日本だけではない世界中に関心を振りまいている。人後に落ちない国際的仲間入りだ。


 国が理研に出している運営費交付金は約580億円というから、「じっかりして」と声をかける権利が納税者にある。今の政治もさっさと断捨離にかけてやりたいものだ。