2018年9月21日金曜日

20年もたてば人、物みなくたびれる


 我が家を建築した会社が、20年点検だということで調査に入った。50年面倒見るといっても、リフォームはさておき修理箇所に限っても、「自己負担」でやるわけだから、どのあたりまでがサービスになっているのかは、判然とはしない。

 点検項目の主要な部分としている、屋根とベランダのコーティングの張替えの時期なのだとか。調べたら屋根の方は傷みでてきているとのこと。23階のベランダのコーティングは、23年ののちには張替えが必要だという。どうせなら同時にやってしまおうかと、修理を頼むことにした。

 そのほか風呂場、台所などの修理も射程距離に入っていると脅かされた。あと20年先に…という説明もしていたが、もうその頃はいないからと笑って済ませた。

 部屋のドアのラッチ(留め金)部が破損していたので、修理をと言うと、ネットから部品購入できるということだった。すぐに購入して、息子に手伝ってもらいながら二カ所の修繕をうまい具合にできた。20年もたつと人間もくたびれつが目立つが、あれこれのモノも劣化してくるものだ。




2018年9月20日木曜日

写真展の成果よりは、成し遂げることの効果

 「A3ノビ」サイズの写真を2枚プリントして、写真展会場に向かった。本当は預けて持って行ってもらう予定だったが、渡すのが前日だったので果たせずに、直接会場にもっていくことになった。

 写真展は7つの支部を合わせてやることになっているが、展示会場の東村山市立中央公民館では、集合時間の13時前からすでに数人が準備を進めていた。

 仕切りのパネルを倉庫から引き出して、展示のコーナーを作ることから始まった。広さは十分あっていいのだが、自力で会場を設置するということになっていて、作品をパネルにセットするまで大変な作業になる。

 せっかく掲示した作品がパネル上で踊ってしまったり、中には落下してしまうものもあったりして、微妙な傾きを調整して、すっかり出来上がったときは16時半を回っていた。 

 「写真の披露」は翌日からになり、撮った写真の「評価と効果」が試されることになるが、撮ることから始まってこの状況に来るまでで、「長い道のり」を感じる。疲労も手伝って達成感をもってしまうのが妙だ。





2018年9月18日火曜日

涼しくなると頑張る秋


 秋は実りの季節だ。しかし喜んでいられない出来事が、これでもかという具合に発生して、秋を文字通り味わうなどとすることは、気軽にはできないような気がしてくる。この時期に人並みにかかわることのいくつかを体験して、人とはものすごいエネルギーを割いて活動しているのだと、ちかごろ特に思う。

 「経済労働活動」などには縁遠いながらも、少々くたびれ気味のわが身も、それなりの活動に身を置いて奮い立たせることがいくつかはある。自分には好きな部類で付き合っている、合唱の発表会では暗譜がきつくてまいった。無事に(でもなかったけれど)ともかくも終了して、惚けた気分が直らない。力が抜けたようで、のんびりしたい気分が続く。

 とはいえ「次に控えし」は写真展のための準備だ。A3の少し大きい写真用紙に、慣れたはずのプリント作業に入った。が、どういうわけか同じものが2枚プリントされてしまった。慣れてきたはずのコンピューターは、こんなことをしでかす。用紙代はもったいなかったが、かつてのように何枚もやり直すことはないから、良い方かとしなくてはならないかもしれない。

 なにを取り掛かるにも気合と気力を集中しないと、やり始めることもかなわない。好きでやっているのだろうと反論を食うに決まっているから、他人には声をあげてぼやくわけにはいかない。元気なうちが花だから、金もかかるが「高尚な趣味のため」だと、屁理屈も動員して秋を乗り切らんと望むところではある。

写真展作品の2枚








2018年9月17日月曜日

涼しくなるとハゼが深場に落ちる

 朝晩の涼しさを迎えるようになると、足に靴下をはきたくなるほどの「冷たさ」を感じる。セミの鳴く声もろくに聞かず、蚊が飛んでいるのも見えなかった夏は、台風の被害を受けなくても、気候の変異として受け止めざるを得ない。これから先もこんな状態は昂進していくことだろう。

 「想定外」という言葉が、原発事故のときから盛んに使われだした。その言葉は、言い訳としておかれるべきことなのに、多用されてしまってあたかも、防ぎようなないこととの幻想を振りまく手伝いをしている。

 北海道の地震で、電力会社とそれを司る国の、いわば怠慢で度を外れた停電に陥ったことや、沈下を続ける関西空港の浸水などは、これも「想定外」としてしまうのか。作ってきた社会の基盤がもろくも崩れてしまうのは、処々折々の「製造物責任者」に問われるべきことではないのか。

 解釈の域を出ないが、「天災」という表現が、マスコミでも使われなくなってきたのは、天然由来に限らない原因による災害であることが、われわれの目にも見えてきたからかもしれない。社会の政治的ないし人為的な行動で、引き起こした否定的有様が修正されるべきこととの範疇であれば、まだこの先の持続的社会への希望がつなげる。

 「天災」だの「想定外」だのと社会活動の埒外として逃亡したのでは、「誰でもいいから殺したいと思った」などという犯罪が、これからもっと多くなってくるのではないだろうか。それは極論としてもそんな気がしてならない。

 涼しくなってくると当然ながら海水温も下がっていく。浅場の魚の餌も少なくなって、ハゼが深場に「落ちて」いく。冬場への準備行動だ。その魚たちも、今の気候変動のなかでおそらくは、水温が高いのやら低いのやらで、迷いながらも比較的水温の高い深場に移動していく。いつもなら9月の初めにはその時がくる。その前が、夏の間の活発な就餌で、育ったハゼの大づりのビッグチャンスだ。

2018年9月11日火曜日

古い蒲団を捨ててみる

 写真を撮って、選んでプリントして、合評会に出す。この繰り返しで「いらない写真」を片付ける。逆に言うといい写真を残すわけなのだが、これがうまくゆかない。講師なり誰かの取捨選択と、自分の思い入れが交錯するので、そうかという得心がなかなか定まらず、得にくい。

 この先に「これはいい」というものを、手に入れられるかどうかはなんとも言い難い。いつまでも下手な鉄砲も数打ちゃー…」というわけにはいかないが、打たなきゃ手に入らないことでもある。やっと涼しくなってきて、鈍くなった頭の回転も少しは解消するかと期待しつつ、繰り返しの作業に入ることにする。

 敷蒲団をどうするのかとずっとお試しで研究しているが、柔らかいマットレスが腰に影響しているのかと、外すことにした。使ってみてから大分たつが、先日の旅行の時に旅館で使った敷物が、ちょっと固めだったのが、いい感じがしての着想だ。

 ちょうど季節の変わり目だし、長年使っていた「せんべい布団」もこの際片付けの対象とした。こちらは撮影した写真の扱い程難しくはない。虫の声も聞こえるようになったころには、近所の神社の祭礼がある。

2018年9月5日水曜日

三方五湖の立ち寄り、衆議一決

 連れ合いの観光推薦により、三方五湖がいいかと定めて、中一日の立ち寄り場所にした。観光のなにが好みかと言えば、温泉であることは一致するが、長年「釣り主体型」であった我が旅は、ぜいたくをなるべく避けるのを通例としてきた。

 釣り趣向は病気とは言わせないが、突っ込み型の「道楽」には違いない。だからこそ回数を稼ぎたい。となるので、なるべく安い経費でやることを旨とする。高級な温泉でなくていいと、いつも不平を垂れている。

 海と湖がくっついているのだから、ああ魚がいるのだなと、性癖からさきに頭が動く。若狭湾と言う素晴らしい漁場の一角に位置するのだから、魚種も豊富に違いないと思うと親近感が湧いてくる。

 案の定、三方五湖の案内には、魚の豊富さが書かれていた。コイ、フナ、ボラ、ハゼ、クロダイ、スズキ、カレイ、サバがいる。養殖ではハマチ、フグ、マダイなど。五つの湖はつながっているようで、三つが汽水域になっているとのこと。つまり河口と同様の役割があることで、魚種が豊富なのだろう。太平洋側でこれだけの魚が育つところはそうないだろう。釣りの会があれば、この場所は格好な釣り場となると、余計なことまで考えてしまった。





2018年9月1日土曜日

永平寺大燈籠流し法要の圧巻


 曹洞宗大本山永平寺の役寮・雲衲衆130名が行う大施食法要(読経と戒名・法名の読み上げ供養)は、見栄えのするものだった。向こう岸に渡ってしまった人への思いをのせて読経が続いた。燈籠流しはそのあと、たくさんの人たちが並んで九頭竜川へ流した。燈籠の数は一万基だとのことだった。

 曹洞宗は、かつての戦争で果たしてしまった役割を「懺悔」している。反省を込めた主張が明快に述べられている。一万の流し燈籠のなかに、いくつもの懺悔がふくまれていることだろう。




曹洞宗のサイトから
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曹洞宗は、1992年11月20日付で過去に関与した侵略と植民地支配について「懺謝文」を表明しました。「ともに生きる喜び」について、「懺謝文」では、次のように説かれてあります。
「われわれは誓う。二度と過ちを犯すことはしない、と。人は、何人と言えども、他によって侵されたり、迫害されたりすることは許されない。人はかけがえのない存在としてこの地上に存在するものだからである。それは国家においても、民族においても同じである。」
省みれば第二次世界大戦以前、国内外にて我が宗門はさまざまな形で戦争賛美や他国の人びとを傷つけるような説教を繰り返した、恥ずかしい過ちの歴史を有しております。今一度ここに懺悔(さんげ)の念をおこすとともに「過ちは繰り返さない」という思いを皆さまとともに受け止め、曹洞宗は「不戦」の立場から、戦争は誰にとっても過ちであることを主張します。
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2018年8月28日火曜日

永平寺燈籠流しへまた行く


 義父母が元気だったころ訪れて、親近感のある永平寺の「大燈籠流し」に再訪した。永平寺に形ばかりの参拝をしてから、会場の九頭竜川の河川敷に向かった。ちょうど台風20号が通りすぎたあとで、河原に水が上がっていないだろうかと、前日に観光協会に問い合わせてみたら、大丈夫だとの返事で「まさか長靴?」の心配は無用だった。

 昨年、河原の蒸し暑さを体験していたので、今回はレンタカーを利用することにした。燈籠流しが始まる前のセレモニー開始まで、車の中で過ごすことを考えた。式典が始まったとき空を眺めると、嫌な感じの黒雲が上空を蠢いていた。しかしほんの少し雨がぱらついた瞬間があったものの、セレモニーが終わって燈籠を流すまで、なんとか避けられた。









2018年8月21日火曜日

散骨~さらば仙人


 散骨で…と言っていた親父の要望に沿って、ではあったが家系の墓に入ることも、その前は言っていたのだから、正確にはどっちなのかはわからない。特に望みを確定していなかったことには違いない。神仏に関しての話などはしたことがなかったので、どういう志向なのかもよくわからないのだが、家の柱に神社の札が掲げてあったから、神には信頼を寄せていたのかもしれない。

 片付けの中から軍隊の紀章もでてきた。「神」についての存在感を十二分に与えられた時代を通ってきた。だからその影響はあったといえるだろう。

 親父は次男坊だったから家を継ぐということからは外れていた。重きを置くことはなかった事情はそこにあったのかもしれない。そしてそのあとの私なのだから、神も仏も「みんな夢の中」的解釈する輩が判断することは、散骨が妥当ということが帰結だったのだろうか。

 3組が海洋散骨に参加した。それぞれの思いが、散骨の方法にも反映していた。海洋散骨を「委託」した家族。一人だけで参加の人。そして3人で参加した我々。台風が近づいていて波が少し高かった。船頭さんが、波のない島近くまで船を運んでくれて、海上をゆっくり旋回させた。細かく粉砕した袋入りの遺骨は、口を開けると海上に舞いながら散った。記念の写真を撮ってから献花をし、お酒も投入した。昨今は散骨が増えているのだと業者が話していた。




2018年8月17日金曜日

「転んでもただ起きぬ」の心がけでないと撮れぬ写真


 楽しみのために写真を撮るはずのものなのに、写真を撮らなければならないとなると、なにか負担を感じてしまう。写真の合評のために用意してなければならないから、この暑い中どこで撮ったらよいのかと懸命に考える。自分が選択したことをやるのだから、ようは我儘なことだ。

 先日湯河原に行った折にカメラを持って、頑張って早く起きて海岸まででた。台風が近づいていて、雲が多かった。それでも朝方らしき赤味が、雲を染めていた。海岸で釣りをしている人がいて、シロギスを狙っているとのだった。新幹線のトンネルが掘られて、その土砂で海が埋め立てられてからは、釣れなくなったと話していた。








2018年8月15日水曜日

阿波踊り「総踊り」を見て思い出した映画「祇園祭り」

 1968年に制作された映画「祇園祭り」の圧巻は、中村錦之助が山車の前に立って、見えをきり祭りを成功させるというシーンだった。「応仁の乱後、京都の町衆たちが室町幕府権力に抗して自治体制を築き、その象徴としての“祇園祭”を復興する」という筋立ての映画だった。そのときの堂々とした「反骨精神」のような場面に感激してよく覚えている。

 1964年オリンピックに際して、テレビの普及が大々的に進められた。映画産業に対する影響はすさまじいもので、「エログロ、暴力」路線へと傾斜していく時期だった。中村錦之助(萬屋金之助)の主演作ということだったが、映画化するまで紆余曲折があった。制作会社が予算化せず中止になったこともあった。錦之助が資本金を出し、「日本映画復興協会」を設立して、蜷川京都府へのバックアップもとりつけてようやくクランクインした。

 その後も、脚本完成の遅れ、伊藤大輔から山内鉄也への監督の交代、出演者の日程調整、製作費の増大(約3億円)、さらには政治的介入、ロケ現場での暴力団による妨害もあり、まさに艱難辛苦の末に完成した映画であった。最初の企画から完成まで実に7年を経た労作でもあるとウィキペディアに紹介されている。俳優のメンバーがものすごかった。
…中村錦之助:瀧花久子:佐藤オリエ:永井智雄:田中邦衛:志村喬:田村高廣:斉藤美和:藤原釜足:小川吉信:大里健太郎:大木晤郎:橋本仙三:沢淑子文:山口俊和:小沢栄太郎:浮田左武郎:有馬宏治:御木本伸介:三船敏郎:尾形伸之介:下元勉:渥美清:北大路欣也:関根永三郎:下條正巳:堀正夫:加藤浩:田中浩:中村時之介:玉生司郎:松山英太郎:片岡半蔵:鈴木悦子:遠山金四郎:伊藤雄之助:伊藤寿章:高倉健:美空ひばり、中村米吉、中村光輝:中村賀津雄:大辻伺郎:木暮実千代…映画衰退の時期を乗り越えようする意気込みだったのだろうか。

 「祇園祭り」は洋画系映画館にてロードショー公開され、大ヒットを記録した。東京では新宿ミラノ座、渋谷パンテオン、松竹セントラルの3館で翌年110日までの7週間上映され、観客動員数309,800 人、興行収入11,441万円を上げ、それまでの邦画ロードショーの新記録を樹立したとのこと。この完成の経緯も当時の時代背景を映してすごいものだと思う。

 ことしの阿波踊りが「政治」の方向から干渉を受ける(不正の事実もあると報道されている)とは、信じがたい。為政者の言う通りに従わないものは許さないという態度こそ、文化を軽んじるもので許されない。金儲けにつながらなければやらないなどとは、「公」のすることではない。総踊りの映像を見ながら「気概」を重ねてみた。民衆の「一揆」を感じさせることだった。

阿波おどりのルーツは、このような人々の自発的な踊りだったのだろう。江戸時代にも、為政者が何度も「一揆を招きかねない」として「阿波おどり禁止令」を出した理由がよくわかる。

2018年8月9日木曜日

東京中心主義というのも格差の助長かも

 13号台風が東京直撃の報道は実に丁寧にどこのチャンネルでも取り上げていた。ともかくにも異常な気象は甚大な災害を起こすのだから、注意を喚起するに越したことはないと、その限りではうなずける。もう自覚的に状況を把握して避難しろとまでいう。動くのも緩慢になっている高齢者への親心かと思わなくはない。ただ、それでは台風の影響がないところはどうなのということは起こる。

 沖縄の県知事翁長さんが亡くなって、これも昨夜の大きなニュースだったはずだ。NHKの夜の7時、9時のニュースでは枝葉のごとき報道のやり方だったとか。辺野古基地の建設問題に毅然と反対を唱える姿勢は、だれからも一目置かれることだ。

 先日の全国知事会で日米地位協定の改定をという意見が全会一致で決まった。基地問題が政治の課題として浮上してきているのに、知らぬ顔はないだろう。意図的にやらないということが想像できる。

 良くも悪くもアマチュアボクシングの話題は、すべてのチャンネルを制覇している。同一の話題でそれぞれが掘り下げた報道合戦にする。この話題に限らないが、違和感をもたざるを得ない。

 豊洲市場は「安全宣言」をした。シアンの汚染等があるにもかかわらず、ないかの如くのあつかいで、その上豊洲市場の使いかっても酷いものと言う声が上がっているのもかかわらず、この報道がほとんどないのがこれまた不思議なことだ。結果として「問題ない」という扱いにしている。ことがどんなに「真っ黒」であっても、なんであっても指摘の対象としないのは、現政権の有り様と酷似 している。

2018年8月2日木曜日

ゴミを溜める人になるか


断捨離とはヨーガの行法が元になっているとのことで
断:入ってくるいらない物を断つ。
捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。 
離:物への執着から離れる。
 と、ごく普通の整理のやりかたが律されているように見える。当然と思いつつ実際のところ、家のモノが増えていっているのは間違いのないことなので、少なくともタグ付けして減らしていく作業は必要なことだといえる。

 この有り様の原因について、
「日本では伝統的に“もったいない“という観念・考え方があるが(これはこれでひとつの考え方・価値観ではあるが)、この考え方が行き過ぎると物を捨てることができなくなり、やがてすでに使わなくなったモノ・将来も使うはずがないモノなどが家・部屋の中に次第に増えてゆき、やがては自分が快適に居るための空間までが圧迫され、狭くなり、また人は膨大なモノを扱うのに日々 膨大な時間や気力を奪われるようになってしまい、知らず知らずのうちに大きな重荷となっていて心身の健康を害するほどになってしまう。」
というテーゼとして語られている。

 しかし、「もったいない」と考えることが「心身の健康を害するほど」にまで断じてしまうというのはゆき過ぎのような気もする。動くことのおっくうさを感じる年になると、日常のゴミであるもののほかに不要なものの除外化をするのは、作業として負担になってくる。だからこそ必要なことと言えるのも確かだが、子供たちの様子を見ると、長時間の仕事でろくに部屋にいる時間がなくて…ということもある。年齢の事情だけではない。

 いらないものを買うことはある。消費すること自体は、人間の本性と言ってもいいのではないかと思う。仕事して得た成果で、なにがしかの満足を得ることをなしにはできない。よしんば無駄だったとしても、モノが自分の所有になったことの満足感ということもある。見分けて買わぬことには異議はないが、それはかなり難しい。

 「もったいない」は、時とところ、例えば後進国から見たら、やっぱりもったいないを不文律にしなくてはならない。先日水道の蛇口が壊れて、部品をようやく購入して修繕した。日曜大工程度でなおせるものは今はまずない。トイレの流しも同様で、業者を頼むのが当たり前のような作りになっている。だから家にあるいらないものを捨てるというのは、ある意味当たってもいる。ノコギリも金槌もいらなくなるわけだ。でも本当のもったいなさがどこかへ、なくなったかのようだ。

不動産屋の宣伝がある~
ー5.2畳のワンルームはスッキリしたレイアウト。カーテン代わりにしつらえた布がゆるやかで明るい空気感を醸し出すー
「ものの少なさ」が5.1畳のくらしでも可という、「明るい暮らし」に使われようとは…


2018年7月31日火曜日

ブログのネタ思いつくどころでない暑さ


 ウォーキングのために外に出ていくのが、最近おろそかになっている。おろそかというよりは、気概がなくなっている感じだ。第一暑いのだからよほどの用事を理由にしないと出かけにくい。このところ所定外のことが様々あって、ぐうたらしていたい気分が先行している。かとは言え、ひところのようにテレビのスイッチをいれても、つまらなくて見続ける気もなく、またスマホの交流サイトを眺めるようになってしまう。

 ちょうどパック入りのアイスコーヒーを切らしたので、思い切って夏空へ飛び出すことにした。パック入りコーヒーは無糖と微糖という二種を混合して飲むことにしている。微糖をなお薄めるのだから糖分摂りすぎにはならないだろうという理由付けだ。これに牛乳を入れて、カフェラテにする。

 昨日も「思い切って」でかけ、いつものコーヒー店に行って買おうとしたら微糖しかなかった。せっかく20分歩いて店に着いたのだから、その微糖パックを購入して、店でカフェラテを飲んだ。そして今日は残りの「無糖」を買う大義をもってまたコーヒー店に向かった。

 コーヒー店はこの暑さ故かほぼ満席の盛況だ。携帯電話を使って、なにか仕事の話をしている客がいる。2度も外に出て行ってはなにか指図まがいなことを話している。それが入り口付近でやっているので自動ドアが反応して、開いたり閉まったり。そのたびに暑い風が店に飛び込んでくる。電話一本で喫茶店事務所代わりにしているようにも見える。ウォーキングをしながらブログのネタを考えるのがいつものパターンだが、暑くてそれどころではない。腹立ちまぎれにブログのネタにしてやることにした。

2018年7月27日金曜日

滝沢で動きまわった二日、クワガタが現れる


 浮世の付き合いが終わると、さまざまな手続きが残される。人が生きているという大きさと広さが実感される。残されたものが責任をもって片付けるのは世の習いだが、結構な仕事があるものだ。負の遺産がないだけ幸いに思わなくてはならないだろう。

 面倒を見てくれた従妹と話をしながら、庭に植えてお気に入りだったミズキ、桜の木がやせていっていることに、なにかの因縁を感じさせる。ミズキは年を追うごとにやせてしまって、木の上の方は申し訳程度の葉しか生えてこない。ひところは勢いがあった桜は、根元のあたりに虫が入ったのか、かなりの痛手を負っているようだ。16年前になるかブナの苗木を1000円で購入して植えたが、これだけはすくすくと育った。

 岩手山麓のこの土地は、ザレ場に土を盛ったところなので、平地に育つ樹々では環境になじまないのだろう。一時白樺もあったが、あまり成長が早くてほかの植木と競合して、処分されてしまった。

役所と金融機関の手続きで一日を使い、翌日の朝にブナの幹に立派なクワガタがとまっているのが見えた。これまで一度も見たことはなかった。もしかしたら「化身」かと、一瞬思わないでもなかった。


2018年7月23日月曜日

暑いときは「暑い」と言って避けた方がいい

 ラジオで、「暑い、暑い」と言わないようにしようと言っていた。ひところと言ってもだいぶ昔だが、我慢が大事と言う観点で「暑い」と言わないことが、美徳みたいにされてきた。落語もこの点は笑いの対象になっていた。心頭滅却すればなどということは、目下は通用しないだろう。

 集中的な豪雨も熱波も、これまでの常識を覆す気候はすさまじいばかりだ。小学校にクーラーがないのが当たり前だったころよりは、いくらかはクーラーが設置されるようになったものの、予算がないからとおろそかにされているところもけっこうあるようだ。

 新一年生の小学生が、暑い中行列を作って公園にいくなどの行事が、気温が高くなっても「中止できない」という状況は、なんだかわかるようであっても、人命を尊重する点からは改善が必要だろう。今までとは違ってきているのに、今までと同じ常識で対応していては、問題解決にならない。31度にもなったら我慢も何もない。ひたすら避難することに越したことはない。

 御嶽海が夏場所優勝したが、面白いと思ったのは練習を軽減しようとしているらしいこと。6場所をこなす力士たちは「労働強化」にあっているようなものだ。だから「休み」をとることが、体力維持のために必要なことということだとしたら、何かうなずける。横綱、大関が多く休場ということは、「お休み」を真剣に考えた方がいいかもしれない。

 大鵬は場所中にホテルの「冷房」のなかで眠って体力温存したという話を聞いたことがある。

2018年7月17日火曜日

釣りの夢だったのか

珍しく夢を見た。いつも夢はみたことがないのに珍しいことだった。夢とは脈絡がないものだと思っているが、人によっては具体的にみることもあるのか、義父の場合は事細かに話すことがあった。今朝は夜中に暑くて目が覚めて、冷房の温度を一度下げた。そのせいで7時過ぎまで寝こけていたので夢を見たのかもしれない。

 渓流で行水をするつもりで水につかっていたのが夢の最後の部分。自分を入れて3人がなにか大きなチラシの構成を考えていた。場所は山中のようだった。真ん中編に入れる文章を直すため、あれこれと言う一人がいるのだが、言っていることが難しくてわからない。経過はぬきにして最後は旨く行ったという筋立てだった。それで水浴び…だったのかもしれない。

 その場所は伊豆半島だったのが飛んでいる場面だ。それも狩野川でなくて南に流れる川だった。うっすら目が覚めてきていや南に流れる川はなかったよなと一瞬思いかけたが、ぼんやりとしていながら目が覚めるにつれて、いやあると思い出した。ハゼをよく釣りに行った青野川だった。

 なぜこんな夢を見たのだろうと、すっかり目が覚めてから思った。親父の散骨をしようと依頼し準備をしているが、海のほか粉骨した一部を岩手県の、「釣りをした川」に流してあげようかと話していたので、それが展開したものだろうか。「わからなかった文章」は読書会の本の内容が影響したのかもしれない。渓流での行水はたぶん朝方汗をかいたからだろう。脈絡がないとは根拠がないわけではないので、こうして思い返せるうちはまだ大丈夫だろう。



2018年7月14日土曜日

ブログの拙文を見直す、恐ろしや

 文を書くのは怖い。人目に晒すのだから当たり前だが、いちいち伝わる内容にするのには、エネルギーを使う。「書かなければならない」という切迫感は、自分の中では「健康を保つ」ことの位置づけがあって、ともかくブログに書いてしまえば、安堵感が得られる。なにか「ナントカ依存症」の一種なのかと思うところもある。

 毎日が日曜日である身で、メリハリと自己目的を持つのが健康法になると、あえて身を置くことを選んでいる。しかし、面倒なことでもある。自分が撮った写真をホームページに搭載しているが、構成に改善を思いついたり不十分さを見つけたりして、新しいサイトへ引っ越ししたことが何回かある。昨日、古いサイトが残っていないだろうなと、念のため検索していたら、そのサイトの引っ越しについて、自分のブログに書き込んでいるのが見つかった。

 読んでみると、なんだこれはと言うような内容だった。大筋間違いではないが、その表現たるやお粗末なものだった。ブログの下書きが出来上がったら複数回は読み直すようにしているのに、気が付かなかった。恥ずかしさを感じることなく、今日まできてしまった。今考えるとわからなかった期間は「恥」を感じなかったのだから、恐ろしいことだ。文章はもう一度手を加えて直しはしたが、今更手遅れだろう。恥はかいた方が「反省」ができていいと、反省よりは開き直りながら、次のブログのテーマを考え、健康維持に努めよう。

2018年7月12日木曜日

肉親がいなくなる寂しさとはこんなものか

 肉親がいなくなる環境などとは考えてもみなかった。正確に言うと、肉親がいなくなるだろうことは具体的でないにしろ予想した。予想はしても実際にその立場に入ってみるのと、その違いはずいぶんとある。自分の生きている位置を確かめるのに、時間がいるのだろうか。

 あれこれの思い出があって、良し悪しは別にしても自分の周りを形成していたのだから、いなくなって開いた穴を埋めることはできないことだろうが、これも身のうちとして、自分となじませなければならないのだろう。恨みつらみもないわけではないが、それを思い返しても今は意味をなさない。ひとこと言ってやりたかったことの思いは残っている。

 子供の頃の少ない思い出がある。金が欲しくてたしか千円だと思うが、財布から盗んで雑誌を買った。残った金を七輪の下に隠した。もちろん見つかって、がっちりお説教だったか、殴られたかは覚えていないが、金を隠した時の心臓のドキドキを覚えている。それからタケノコを盗んだ時。近所の竹林にでたタケノコを盗んだとき、なぜかこのとき罪悪感はあまりなかったが、怒られて家出をした。といっても近所で隠れていたのをすぐに見つけられて、首を抑えられて家に戻ったことが記憶にある。「窃盗」の思い出だが、それ以降人様のものに手を触れたことはない。念のため。

2018年7月6日金曜日

岩手山麓の仙人逝く

 移り住んで15年、彷徨の終焉がきた。温泉が出ぬかと採掘の手出し、山ブドウの養殖はと夢を追いつつ、岩手山麓に岩魚つりで遊んだ親父がついに身罷った。

 90歳を過ぎてからも、暖炉用の薪割りをものともせず、大雪にもひるむことなくシャベルをふるった元気さは、いつまで続くのかと周りの人たちは一様に驚いていた。今になって思えば、転んでも転ばなかったフリをする自尊心の高さも、これまでの糧になったのかもしれない。

 それでも着々と近づく終焉のときを想定して、自分の写真を撮れと言い出したことが思い起こされる。仙人とはいえ聖人にはなりきれなかったのは、今は過去の場面としてしまっておくことになるだろう。残された写真を整理しながら、親戚への思いがあったことがわかった。それは十分伝わらないこともあったやもしれない。

 その先どこへ行くのか、海への散骨を言いだし「‐家」の墓にという話にも答えずのまま、旅立ちをしてしまった。後は頼むということなのだろう。そう解釈するしかない。家族と言う単位の姿には恵まれなかったが、それだからこその山麓暮らしへの入れ込みだったように思う。

 好きだった釣りは一番の思い入れがあった。これを通じて甥姪とその子供たちへのかかわりが、温められていった。それは救いだった。80歳を過ぎてからもナンプレに挑戦し、数えきれないほどのジグゾーパズルを完成させ、家じゅう隙間のないくらい掲げた。ここに生きてきたと思うに十二分な足跡だった。

2018年6月28日木曜日

天候がおかしい。「雲行き」が変なのは日本の政治も。


モリカケ問題は終わりだとか、そういうムードが広げられている。積極的には「まだやっているのか」という言い方もあるが、まだ済んでいない。世論調査でもそう思っている人が圧倒的に多いのだから、そこのところ新聞もテレビ報道も「忖度」はないのかな。

「そのうち忘れる」のは旨い具合に使われて、ドンファンの事件、日大アメフト問題、ワールドカップ「盛り上げ」と、元自衛官殺人と絶え間なく続く。米朝の会談後は、とりあえずとしても、ミサイル騒動はおさまった。それは結構なことなのに、あとは旨く行かないだろうと、なんとなく「評価しない」ムードを醸し出す。

うまくゆかないのは「交渉」を疎んじる日本政府だろう。圧力一辺倒でやってきて、米大統領が止めると言った後、「対話」に切り替える。北朝鮮に軽く見られると思わないのだろうか。しかし「対話」が本意だとは思えない。拉致問題に「やりたくない」との観測もある。どこまでも敵対状態であることが優先されて、イージスアショア購入や「防衛費2%」へとつなげたいねらいもあるだろう。

 モリカケで追い込まれて、開く国会では姑息にも憲法改正のための法案も強引に通す策をとっている。「働き方改革」と称する残業野放し法案、アメリカ企業のためのカジノ法案も同様に、どんなに問題があってもすり抜けて成立させようという腹だ。今月は国民健康保険の通知がきたが、目をむくような額になっている。区役所には電話が殺到していることだろう。こういった話題は表に出てこないのはおかしい。テレビを見ていると「洗脳」されてしまうみたいに思えてきた。




2018年6月27日水曜日

写真展会場のJCIIの助け舟で無事終了

 写真の展示作業は、会場の担当者がやってくれるのでとても助かる。展示の作業はかなり手数がかかる。自分たちでやる場合は集中してやらないと、きちんと展示することができない。写真と写真の間隔や高さの統一にこまごまと気を使うと、大仕事になる。この仕事を実に丁寧にこなしてくれるので、高齢者軍団にはとても心強い。
 今回は少々疲れた感じだった。毎年年を取るのだからしょうがないのだが、やっぱり気持ちの方がこれまでと同じようにと、動いてしまうからとわかってはいるのだが。





2018年6月25日月曜日

パソコンにたまるファイルを断捨離 その2

 身の周りに徐々に積みあがる「ゴミ」は不思議と増殖していくみたいでもある。よくテレビで報道する「ゴミ屋敷」とは、なんだか身近なものになってくる気がする。そのゴミは同様にパソコンの中にも増殖がひどい。

 頭の中に入れることとどめておくことが、だんだん困難になっていく現在、とっておいた方がいいと「思う」ことはついつい、保存してしまう。NET検索時のブックマークにはじまって、NETの記事の保存=Keepと丸ごと保存できる=Evernoteには保存する情報が増え続ける。

 増えていくのは交流サイトで紹介される「情報・知識」なのだが、これは毎日のように増えていく。何かに使えるかもしれないという「貧乏思想」を、美徳みたいにして生きてきた成果がここに出てきている。このゴミの行き先がどうなるのかを思うと、まったく非生産的なことでしかない。

 迷惑をかけるようなことはないが、NET上に「浮遊」を続けるゴミとして、その重さがNETを利用している人々の負担となるのだろうか。できるだけ無駄なゴミは処分するのがいいはずなので、断捨離にかけることにしなくてはと思ってはいる。そうすれば、たぶん使っていないソフトの使用法を研究することにもなるだろう。

2018年6月22日金曜日

パソコンにたまるファイルを断捨離 その1

 先日とうとうOffice365を使い始めた。ようやくそのソフトの使いようがわかってきた。しかしさすがに便利な使いようになっている。一番すごいのがワードを開いて編集すると、「自動保存」ができることで、これはGoogleドキュメントの方式とおなじになった。こうなれば途中でパソコンの前から離れても大丈夫と言うことだ。

 編集したファイルは1TBのクラウドに保存できるし、パソコン側のホルダーに同期されるので、スマホからも参照可能と言うことになる。パソコンの使い始めの頃(10年以上前)は文字を書いて「保存」作業を忘れてしまい、文書紛失することがままあった。文字を書きこむことに一所懸命だったから、それはショックだった。

 そういう経験をしていることから、解放されたということになる。今は書き込んでから保存しないことはあり得ないし、そのままソフトを閉じようとすれば「いいかい?」と表示してくれるから心配はないようになっている。でも手間が省けるのは違いない。

 ファイルもクラウドの「1TB」に保管できるし、ワード、エクセルなどのソフトもクラウド上のものになるから、バージョンアップの費用が不要になるという計算になる。本当に低廉かどうかは、「使用料金引き上げ」ということもあるから不明だ。それによって、月々の使用量が1000円ほどかかってしまう。でも、2台のパソコン、2台のタブレット、スマホに導入可能だから、それまで含めるとお得感はある。ワード、エクセルのファイルをクラウド上に保存しておけば、タブレットやスマホでどこからでも参照できるし、編集も可能だ。

2018年6月20日水曜日

日米いつでもどこでも相合傘の不幸


 地上の楽園バリ島がプラスチックのゴミでひどいことになっていると報道がある。
昨今、バリ島のビーチは観光客などが捨てるごみにより、かつての面影が感じられないほど無残な姿をさらしているという。 

 そんな現状に危機感を抱いたバリ島は、ついに「ごみ緊急事態」を宣言。美しかったかつての姿を取り戻すため、民間による島からごみを取り除くプロジェクトを始めた。
一方、イベントの計画に携わったRima Agustinaさんは、「このイベントは単にごみを回収するためのものだけではなく、バリ島で何が起きているか知らしめ、理解を求めるためのチャンス」という。

12時間もの間ごみを回収すると、多くの人が考え方を変えます。彼らは、たった一度きりの使用で捨てられてしまうプラスチックごみは、利益よりも害悪をもたらすのではないか、と考え始めるようになるんです」と。