2018年7月17日火曜日

釣りの夢だったのか

珍しく夢を見た。いつも夢はみたことがないのに珍しいことだった。夢とは脈絡がないものだと思っているが、人によっては具体的にみることもあるのか、義父の場合は事細かに話すことがあった。今朝は夜中に暑くて目が覚めて、冷房の温度を一度下げた。そのせいで7時過ぎまで寝こけていたので夢を見たのかもしれない。

 渓流で行水をするつもりで水につかっていたのが夢の最後の部分。自分を入れて3人がなにか大きなチラシの構成を考えていた。場所は山中のようだった。真ん中編に入れる文章を直すため、あれこれと言う一人がいるのだが、言っていることが難しくてわからない。経過はぬきにして最後は旨く行ったという筋立てだった。それで水浴び…だったのかもしれない。

 その場所は伊豆半島だったのが飛んでいる場面だ。それも狩野川でなくて南に流れる川だった。うっすら目が覚めてきていや南に流れる川はなかったよなと一瞬思いかけたが、ぼんやりとしていながら目が覚めるにつれて、いやあると思い出した。ハゼをよく釣りに行った青野川だった。

 なぜこんな夢を見たのだろうと、すっかり目が覚めてから思った。親父の散骨をしようと依頼し準備をしているが、海のほか粉骨した一部を岩手県の、「釣りをした川」に流してあげようかと話していたので、それが展開したものだろうか。「わからなかった文章」は読書会の本の内容が影響したのかもしれない。渓流での行水はたぶん朝方汗をかいたからだろう。脈絡がないとは根拠がないわけではないので、こうして思い返せるうちはまだ大丈夫だろう。



2018年7月14日土曜日

ブログの拙文を見直す、恐ろしや

 文を書くのは怖い。人目に晒すのだから当たり前だが、いちいち伝わる内容にするのには、エネルギーを使う。「書かなければならない」という切迫感は、自分の中では「健康を保つ」ことの位置づけがあって、ともかくブログに書いてしまえば、安堵感が得られる。なにか「ナントカ依存症」の一種なのかと思うところもある。

 毎日が日曜日である身で、メリハリと自己目的を持つのが健康法になると、あえて身を置くことを選んでいる。しかし、面倒なことでもある。自分が撮った写真をホームページに搭載しているが、構成に改善を思いついたり不十分さを見つけたりして、新しいサイトへ引っ越ししたことが何回かある。昨日、古いサイトが残っていないだろうなと、念のため検索していたら、そのサイトの引っ越しについて、自分のブログに書き込んでいるのが見つかった。

 読んでみると、なんだこれはと言うような内容だった。大筋間違いではないが、その表現たるやお粗末なものだった。ブログの下書きが出来上がったら複数回は読み直すようにしているのに、気が付かなかった。恥ずかしさを感じることなく、今日まできてしまった。今考えるとわからなかった期間は「恥」を感じなかったのだから、恐ろしいことだ。文章はもう一度手を加えて直しはしたが、今更手遅れだろう。恥はかいた方が「反省」ができていいと、反省よりは開き直りながら、次のブログのテーマを考え、健康維持に努めよう。

2018年7月12日木曜日

肉親がいなくなる寂しさとはこんなものか

 肉親がいなくなる環境などとは考えてもみなかった。正確に言うと、肉親がいなくなるだろうことは具体的でないにしろ予想した。予想はしても実際にその立場に入ってみるのと、その違いはずいぶんとある。自分の生きている位置を確かめるのに、時間がいるのだろうか。

 あれこれの思い出があって、良し悪しは別にしても自分の周りを形成していたのだから、いなくなって開いた穴を埋めることはできないことだろうが、これも身のうちとして、自分となじませなければならないのだろう。恨みつらみもないわけではないが、それを思い返しても今は意味をなさない。ひとこと言ってやりたかったことの思いは残っている。

 子供の頃の少ない思い出がある。金が欲しくてたしか千円だと思うが、財布から盗んで雑誌を買った。残った金を七輪の下に隠した。もちろん見つかって、がっちりお説教だったか、殴られたかは覚えていないが、金を隠した時の心臓のドキドキを覚えている。それからタケノコを盗んだ時。近所の竹林にでたタケノコを盗んだとき、なぜかこのとき罪悪感はあまりなかったが、怒られて家出をした。といっても近所で隠れていたのをすぐに見つけられて、首を抑えられて家に戻ったことが記憶にある。「窃盗」の思い出だが、それ以降人様のものに手を触れたことはない。念のため。

2018年7月6日金曜日

岩手山麓の仙人逝く

 移り住んで15年、彷徨の終焉がきた。温泉が出ぬかと採掘の手出し、山ブドウの養殖はと夢を追いつつ、岩手山麓に岩魚つりで遊んだ親父がついに身罷った。

 90歳を過ぎてからも、暖炉用の薪割りをものともせず、大雪にもひるむことなくシャベルをふるった元気さは、いつまで続くのかと周りの人たちは一様に驚いていた。今になって思えば、転んでも転ばなかったフリをする自尊心の高さも、これまでの糧になったのかもしれない。

 それでも着々と近づく終焉のときを想定して、自分の写真を撮れと言い出したことが思い起こされる。仙人とはいえ聖人にはなりきれなかったのは、今は過去の場面としてしまっておくことになるだろう。残された写真を整理しながら、親戚への思いがあったことがわかった。それは十分伝わらないこともあったやもしれない。

 その先どこへ行くのか、海への散骨を言いだし「‐家」の墓にという話にも答えずのまま、旅立ちをしてしまった。後は頼むということなのだろう。そう解釈するしかない。家族と言う単位の姿には恵まれなかったが、それだからこその山麓暮らしへの入れ込みだったように思う。

 好きだった釣りは一番の思い入れがあった。これを通じて甥姪とその子供たちへのかかわりが、温められていった。それは救いだった。80歳を過ぎてからもナンプレに挑戦し、数えきれないほどのジグゾーパズルを完成させ、家じゅう隙間のないくらい掲げた。ここに生きてきたと思うに十二分な足跡だった。

2018年6月28日木曜日

天候がおかしい。「雲行き」が変なのは日本の政治も。


モリカケ問題は終わりだとか、そういうムードが広げられている。積極的には「まだやっているのか」という言い方もあるが、まだ済んでいない。世論調査でもそう思っている人が圧倒的に多いのだから、そこのところ新聞もテレビ報道も「忖度」はないのかな。

「そのうち忘れる」のは旨い具合に使われて、ドンファンの事件、日大アメフト問題、ワールドカップ「盛り上げ」と、元自衛官殺人と絶え間なく続く。米朝の会談後は、とりあえずとしても、ミサイル騒動はおさまった。それは結構なことなのに、あとは旨く行かないだろうと、なんとなく「評価しない」ムードを醸し出す。

うまくゆかないのは「交渉」を疎んじる日本政府だろう。圧力一辺倒でやってきて、米大統領が止めると言った後、「対話」に切り替える。北朝鮮に軽く見られると思わないのだろうか。しかし「対話」が本意だとは思えない。拉致問題に「やりたくない」との観測もある。どこまでも敵対状態であることが優先されて、イージスアショア購入や「防衛費2%」へとつなげたいねらいもあるだろう。

 モリカケで追い込まれて、開く国会では姑息にも憲法改正のための法案も強引に通す策をとっている。「働き方改革」と称する残業野放し法案、アメリカ企業のためのカジノ法案も同様に、どんなに問題があってもすり抜けて成立させようという腹だ。今月は国民健康保険の通知がきたが、目をむくような額になっている。区役所には電話が殺到していることだろう。こういった話題は表に出てこないのはおかしい。テレビを見ていると「洗脳」されてしまうみたいに思えてきた。




2018年6月27日水曜日

写真展会場のJCIIの助け舟で無事終了

 写真の展示作業は、会場の担当者がやってくれるのでとても助かる。展示の作業はかなり手数がかかる。自分たちでやる場合は集中してやらないと、きちんと展示することができない。写真と写真の間隔や高さの統一にこまごまと気を使うと、大仕事になる。この仕事を実に丁寧にこなしてくれるので、高齢者軍団にはとても心強い。
 今回は少々疲れた感じだった。毎年年を取るのだからしょうがないのだが、やっぱり気持ちの方がこれまでと同じようにと、動いてしまうからとわかってはいるのだが。





2018年6月25日月曜日

パソコンにたまるファイルを断捨離 その2

 身の周りに徐々に積みあがる「ゴミ」は不思議と増殖していくみたいでもある。よくテレビで報道する「ゴミ屋敷」とは、なんだか身近なものになってくる気がする。そのゴミは同様にパソコンの中にも増殖がひどい。

 頭の中に入れることとどめておくことが、だんだん困難になっていく現在、とっておいた方がいいと「思う」ことはついつい、保存してしまう。NET検索時のブックマークにはじまって、NETの記事の保存=Keepと丸ごと保存できる=Evernoteには保存する情報が増え続ける。

 増えていくのは交流サイトで紹介される「情報・知識」なのだが、これは毎日のように増えていく。何かに使えるかもしれないという「貧乏思想」を、美徳みたいにして生きてきた成果がここに出てきている。このゴミの行き先がどうなるのかを思うと、まったく非生産的なことでしかない。

 迷惑をかけるようなことはないが、NET上に「浮遊」を続けるゴミとして、その重さがNETを利用している人々の負担となるのだろうか。できるだけ無駄なゴミは処分するのがいいはずなので、断捨離にかけることにしなくてはと思ってはいる。そうすれば、たぶん使っていないソフトの使用法を研究することにもなるだろう。

2018年6月22日金曜日

パソコンにたまるファイルを断捨離 その1

 先日とうとうOffice365を使い始めた。ようやくそのソフトの使いようがわかってきた。しかしさすがに便利な使いようになっている。一番すごいのがワードを開いて編集すると、「自動保存」ができることで、これはGoogleドキュメントの方式とおなじになった。こうなれば途中でパソコンの前から離れても大丈夫と言うことだ。

 編集したファイルは1TBのクラウドに保存できるし、パソコン側のホルダーに同期されるので、スマホからも参照可能と言うことになる。パソコンの使い始めの頃(10年以上前)は文字を書いて「保存」作業を忘れてしまい、文書紛失することがままあった。文字を書きこむことに一所懸命だったから、それはショックだった。

 そういう経験をしていることから、解放されたということになる。今は書き込んでから保存しないことはあり得ないし、そのままソフトを閉じようとすれば「いいかい?」と表示してくれるから心配はないようになっている。でも手間が省けるのは違いない。

 ファイルもクラウドの「1TB」に保管できるし、ワード、エクセルなどのソフトもクラウド上のものになるから、バージョンアップの費用が不要になるという計算になる。本当に低廉かどうかは、「使用料金引き上げ」ということもあるから不明だ。それによって、月々の使用量が1000円ほどかかってしまう。でも、2台のパソコン、2台のタブレット、スマホに導入可能だから、それまで含めるとお得感はある。ワード、エクセルのファイルをクラウド上に保存しておけば、タブレットやスマホでどこからでも参照できるし、編集も可能だ。

2018年6月20日水曜日

日米いつでもどこでも相合傘の不幸


 地上の楽園バリ島がプラスチックのゴミでひどいことになっていると報道がある。
昨今、バリ島のビーチは観光客などが捨てるごみにより、かつての面影が感じられないほど無残な姿をさらしているという。 

 そんな現状に危機感を抱いたバリ島は、ついに「ごみ緊急事態」を宣言。美しかったかつての姿を取り戻すため、民間による島からごみを取り除くプロジェクトを始めた。
一方、イベントの計画に携わったRima Agustinaさんは、「このイベントは単にごみを回収するためのものだけではなく、バリ島で何が起きているか知らしめ、理解を求めるためのチャンス」という。

12時間もの間ごみを回収すると、多くの人が考え方を変えます。彼らは、たった一度きりの使用で捨てられてしまうプラスチックごみは、利益よりも害悪をもたらすのではないか、と考え始めるようになるんです」と。






2018年6月16日土曜日

いろいろある刺激が後ろから押してくれる

 義父の3回忌の法事を終えた。月並みだが早いものだと思う。裏を返せばその間、ほんとうは「忘れがち」という事実もないわけではない。だから法事が大事にされるということかもしれない。恩とか義理とかといったかつてのつながりの残りが、ホンワリと家のあちこちにある感じがする。家のなかでお互い空気の一部みたいに影響しあってきたのだから、形はなくなってもそこここに何かが残っているだろうか。

 昨年は岩手に行っていたので、できなかったグループの写真展に今年は参加することにした。準備に時間を割くことになって、外に出ていくことが多くなった。今回は作品のプリントを自力でやったので、その限りの満足感だけは持てた。額装を終え展示会場へ作品を送り込んで、展示会の案内ハガキを渡したり送ったりする「宣伝」も終えた。

 その合間をぬって、つりの会のホームページの更新をやったが、ホームページはスマホでも見られるようになっているので、その見栄えも改めて試しながらのことで、ちょっと手間がかかった。

四谷界隈で



2018年6月13日水曜日

先週「サクランボの会」の宴会で新宿の飲み屋に集まる

 時間通りに約束の場所に集まって、一人来ないけど予約の店に行こうかと、エレベーターに乗るところで、その予約の店が違っていたかと不安になった。そのビルの2カ所の飲み屋をよく使うので、どちらだったかの「度忘れ」だった。メールのやり取りでは、店名をしっかり書いていたものの、メールを打った時の勘違いと言うのもありうる。店は7階と8階なので遠くはないから、確かめて予約は間違いはなかった。一人だけ集合場所にいなかった人も、もう座っていた。予約した店の食べ物は、しっかり空いたものが多いので選択したんだったなと、後から何気なく思い出した。違っていたもう一軒の方は、1月に別の宴会で利用したところだった。最近はこの手のうっかりミスが増えて、飲み屋の予約程度のことでも、こんなことになる。もっとも、アルコール摂取で、能細胞の死滅が起こるそうだから、その回数のたまものということでもある。ところでその「サクランボ会」で11月に旅行にと言う話がまとまった。またそこで脳細胞を失うということは、全く自覚していなかった。

2018年6月4日月曜日

鳥なら高い木の上、蟻なら地下でもいいけど

 70人ほどのこじんまりした会場で、素敵な歌を楽しませていただいた。余韻を感性に残しながら、当然の成り行きで一杯やろうということになった。時間が早いから「専門店」が開いていない。日中からやっているレストランで、過ごした後もう一軒行こうかと雨のそぼ降る中を歩き始めるが、渋谷駅周辺は変容すさまじくなおかつ工事中のところがあって、かつての心おぼえの場所に行きつくことができない。

 工事にあたっている人に聞いても、通常の道を聞くのと違って、難解なことになる。やむを得ず引き返して、看板を目当てに集合ビルの店にようやく入り込んだ。渋谷駅周辺の地上地下の改築はすさまじいもので、大概の人は迷路の中を歩く感じになるらしい。渋谷区に住んでいる人でさえそう話しているし、かつての職場に行っていたときの様子とはまるで違っていて、恐れをなすというほどだ。こんな「街づくり」が望まれているのだろうか。



 













2018年5月30日水曜日

股関節、温泉療法効き目は如何

 暑くなったら高尾山に行くのは大変なので、今月あたりで休止にしてまた秋の再開かと話していたが、股関節が少々痛むのでそれなら温泉にするかということになった。NETで娘が調べて一日前に割引予約。場所は山梨県富士川町の十谷(じっこく・じゅっこく)の「秘湯の会」宿。富士川の支流大柳川のかなり奥まったところだった。

 翌日早朝に渓流沿いの遊歩道を下ってみようと、早起きして6時ころ歩き始めた。早起きと言っても、前日はアルコールを「適量」摂って早い就寝だったから当然の成り行きだ。歩き始めはこころもとなかったが、しっかりと整備された道だった。結構深い渓谷をつり橋が連続して、右岸左岸に渡りながら流れをみられるようになっている。

 惜しむらくは川に色が少し濁り加減だ。小さな滝状のツボには泡が周っている。森閑とした山道を歩くのは気持ちがいいが、つり橋が揺れるのがちょっとイヤな気分。橋に乗ると景色が見通せるので、写真を撮るときに動くと余計気になる。もしかして自分は高所恐怖症の気があるのかと、今更思った。ずっと下って、前日寄った大柳川の公園に行きついて、そこから舗装道路の上り坂を宿まで歩き、8時の食事時間ギリギリに宿に戻った。高尾山に行った時と同様のウォーキングになったと笑った。







2018年5月26日土曜日

釣りは釣れなきゃつまらない。でも釣具屋がなくなって。

 外来魚を釣って駆除する催しがあり、我孫子まで出かけた。釣りは久しぶりで、道具を物置から引っ張りだして、仕掛けや針、長靴、帽子、偏光眼鏡など揃えた。そこまではよかったが、ブルーギルの釣り餌にする「サシ」を購入しようと、いつも行っている高円寺駅近くの上州屋に行ったら、なんと閉店の断り書きが…。1月で閉めたとのことだ。とうとう住まいの近くでは釣具屋は皆無になった。

 近所でも知っているだけで2件あった釣具屋はとうになくなっている。釣り人口が減っているのが原因だろうが、第一の原因は魚が釣れなくなっていることだ。若者が忙しいことがよく指摘されている。それどころでない労働環境があるだろう。

 それに在来魚の生態系かく乱する外来魚繁殖の影響も大きい。最近、ブラックバスやブルーギル駆除の活動が盛んにおこなわれている。「池干し」などが効果的だが、やるのは大掛かりになる。最近では井の頭公園の池干しが、行われよく報道されている。電気ショックで浮かせて獲るのは皇居の濠で実施されている。これを「釣り」対象として駆除しようという趣旨だ。

 もともと釣りは対象魚を特定してするという文化に到達しているから、そのつり技術はよく発達している。その技法を生かさない手はない。ビンドウだとか網などでの方法も有効ではあるが、釣りであれば狭い箇所でもすることが可能だ。我孫子の四つ池とはNECの敷地内にあるのだが、生態系の保護活動に理解をしてくれて駆除活動をしている。

午前中3人が釣ったブルーギル





2018年5月23日水曜日

物忘れを指摘するコンピューター

 自分流に解釈するとそうなんだろうと、曲がって受け止める。先日、合唱曲のCDを焼き付けることを頼まれた。相当前にやったことはあるが、今のコンピューターではDVDドライブなのでCDを受け付けない。しかたなく、ノートパソコン用の外付けCD,DVDドライブを引っ張り出して、やっとコピーできた。

 Windouws10のソフト対応もそうらしいのだが、CDはもう「絶滅危惧種」なみの扱いになった。音楽を聴くのは今やスマホだから、CD利用は「卒業」間近な状態だ。合唱曲CDは再生に音楽用CDプレイヤーを使うということだから、我々年代の生活には現パソコン環境は、一般的にはなじまなくなっている。つまりそんなにパソコンを使う生活になっていないのだから、Microsoftさん他が新しいシステムやソフトをどんどん出していただいても、そんなに効用がないということだ。

 ところで合唱曲CDコピー以降、パソコンを立ち上げるたびに、「ディスクへの書き込み準備ができたファイルがあります」とバルーン(知らせ)が現れるようになった。どうしたものかと思っていたのだが、これをNETの検索にかけてみようと思い、やってみたら見事にヒットした。一時ファイルで残っていて、それが「お忘れになっていませんか」のごとく現れるのだ。なんという便利さだろう。CD作成の終了時の扱いが足りなかったということらしい。

 昨夜はテレビの「おはようタイマー」を切って寝たので、強制的起床はなく自然に目が覚めた。いつもと頭のすっきり度が違っているようだ。それによってか、頭脳の回転もいい。なんだ、問題解決へは結局アナログ生活が大切ということかと…。NETの検索を使うと便利だよと、簡単に言葉に出すことが多いけれども、身についていないということを思い知った。

2018年5月19日土曜日

シロウオは絶滅しそう。食べるのは文化でも…。

 飲み屋で「シラウオ」(だと思う)を注文した。最近テレビでシ「ロ」ウオを子供が生き飲みするシーンがあって、ちょっとその気になれないよねということなった。違うものだとは思っていたが、混同してしまった。

シロウオをNETで調べてみたら~
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北海道南部から九州南部までと朝鮮半島南部の慶尚南道周辺に分布する。南西諸島には分布しないが、奄美大島からの報告がある。日本に生息する個体は遺伝的に異なる地理的集団を形成しており「日本海系統」「太平洋系統」に分けられる。また、瀬戸内海域は日本海系と太平洋系統が混合していると報告されている

漁には十字に組んだ竹2本で四角形の網を吊るした四手網が全国的によく使われる。網を川底に吊るし、シロウオの群れが網の上を通過したときに一気に引き上げて漁獲するもので、早春の下流域で四手網を繰り出す様は春の風物詩ともなっている。他に地引網や簗などでも漁獲される。簗漁が行われる地域は日本各地にあるが、福岡市の室見川下流におけるシロウオの簗漁は江戸時代からの伝統があり、マスコミで取り上げられる機会も多い。南三陸町の伊里前川では川に幾何学状に積み上げた「ザワ」と呼ばれる石垣の隅におい込んで捕獲する漁をしているが、これは戦後発達した漁法で近隣地域に見られないため近年「しろうお祭」と称される祭が開催されるようになった。

日本の環境省が作成した汽水・淡水魚類レッドリストでは、1999年版で「準絶滅危惧(NT)」として掲載され、2007年改訂版で危険度が増したとの判断から「絶滅危惧II類(VU)」となった。日本ではその他にも各道府県のレッドリストで絶滅危惧種として掲載されており、うち5県では絶滅危惧I類(絶滅寸前種)に指定されている。
•絶滅危惧II類 (VU)(環境省レッドリスト)

•絶滅危惧I類 - 山形県・静岡県・兵庫県・徳島県・高知県
•絶滅危惧II類 - 北海道・宮城県・和歌山県・香川県・愛媛県・鹿児島県
•準絶滅危惧 - 青森県・秋田県・茨城県・千葉県・新潟県・富山県・福井県・京都府・岡山県・大分県・福岡県・佐賀県
•情報不足 - 神奈川県
•その他 - 福島県(未評価)・熊本県(要注目種)

 シラウオ(白魚)は、条鰭綱キュウリウオ目シラウオ科(Salangidae)に分類される魚の総称。狭義には、その中の1種 Salangichthys microdon の和名である。ただし、時にシロウオと混同される。体は細長いが、後ろに向かって太くなり尾ビレの前で再び細くなるくさび形の体形である。死ぬと白く濁った体色になるが、生きている時は半透明の白色で、背骨や内臓などが透けてみえる。腹面に2列に並ぶ黒色の点があり、比較的、目は小さく口は大きい。
シロウオとは生態や姿がよく似ていて、料理法もほぼ同じで混同されやすいが、シロウオはスズキ目ハゼ科で分類上は全く別の魚。
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 シロウオは「日本国内の分布域のほぼ全域で個体数が減少している。原因は川や海の水質汚染、または河口堰設置やコンクリート護岸など河川改修による産卵場消失と考えられている。」ということで、「生き飲みの文化」も絶滅危惧ということだろうか。日本の自然環境はここまで悪化してしまった。

2018年5月16日水曜日

宴会場所の店を間違えた

 上野でやる宴会は、店がほぼ特定されてきた。昼食ランチを採りながら一杯やるのが定番だ。早めに現地に着いたので、店のあるビルのエレベーターに乗ったが、昼食時に間があるので、まだエレベーターが動かない。こういう扱いのある上野って親しみがあって良いと個人的には思う。

 しかたなく一回りするかと付近を見渡すと、なんと下谷のお祭りの日で、立派な風体の人たちが、これから動き出すだろう神輿のわきでくつろいでいる。わが近所でやる祭りの神輿とはちょっと格が違うようで、なんという髪型か知らないが、すっきり編み込んだ女性が、鏡を出して口紅を直している。クソッ!シャッターチャンスなのにと思いながら、スマホを取り出して構えるものの後の「祭り」。だいたい祭りがあることなど事前に知らなくちゃ「写真家」にはなれないよなと独り言。

 で、待ち合わせ時間になったので店に入った。なぜか、待ち合わせの店を確かめようとスマホを取り出し、メールの記録をみた。あらら、店が違っていた。あわてて「前回とおんなじところと思っていたら違っていた」と言うと、ニコニコしながら「そうですか、また来てください」と、看板を持ちながら「一緒に下へ行きましょう」とエレベーターに乗り込んだ。

 約束の店は遠くないので、5分ほど遅れてしまった。その話で盛り上がって、宴会はスムーズに運んだ。いつものように二次会を済ませて表に出ると、予報通りの雨が降っていた。神輿が動き出して、大勢の人が周りを囲んで気勢を上げていた。これもシャッターチャンスだったけど…。






2018年5月15日火曜日

これが便利というものか~office365を使うことに


 すっかりコンピューターの世界に取り込まれた。今までもこの怪物に飲み込まれて、振り回されている風ではある。ソフトの開発はすさまじくて、マイクロソフトのワード、エクセル等もそれ自体の改変が多くて、我々の場合は仲間内の文書の受け渡しにも、ファイルの保存形式を意識しないと、それだけでトラブルを起こす有様だ。

 マイクロソフトのソフト、office365を使えと盛んに宣伝が入ってくる。もうoffice2016以降はクラウド上に置いてあって、管理されている。ソフトのバージョンアップがあれば、マイクロソフトの責任になる。要はソフトのバージョンアップについては無料になるということ。

 以前はofficeのバージョンアップは、そのたびに料金を払うことになっていたのだから、office365の導入以降は年会費になっていることとの対比になる。いずれ古いofficeソフトはセキュリティーに「責任とらない」とされるから、仕方がなくどこかの時点で強制を受けいれることになる。

 年に12000円を超える出費は痛いが、この先パソコンの入れ替えを想定した場合には、どのみちそのとき備えなければならない「費用」だから、仕方がないともいえそうだ。

 写真の編集ソフトLightroomのほうも同じ事情を抱えている。もう2年前からクラウド形式が導入されて、旧のlightroom6で頑張っていたが、タブレットやスマホでも編集が可能なソフトもつけて…とのサービス付加に乗っかることにした。編集の一部の機能を「差別化」されて、エサにされた事情もある。

 Adobeのソフトは、多種あってなにかにつけて「乗らないか?」の誘いがうるさい。ほかのものはともかく写真編集の方は、もう少し先まで使いそうなので、これも散財を受け入れることにした。

~クラウドってワード正確にわからなかったので調べてみた。~

クラウド」とは、クラウドサービスプラットフォームからインターネット経由でコンピューティング、データベース、ストレージ、アプリケーションをはじめとした、さまざまな IT リソースをオンデマンドで利用することができるサービスの総称

2018年5月11日金曜日

働かせてるつもりが、振り回されるパソコンの一人歩き

 つりの会のサイトがまた開かなくなった。先日、別のサイトが同様の状態になって、レンタルサーバー側の「重い」障害が発生したことが原因だとわかった。ほかの回線(?)を提供されて、復旧したばかりだ。

 今回はもう一つのつりの会のサイトがアクセス不能になった。また先方へ障害の通報と照会をしなければならない。前回の復旧までの経過をメールの記録から探し出して、レンタルサーバーへメールを打とうとした瞬間、どうしたわけか急に復旧した。どういうわけか全くわからない。

 この手の照会は、最近は電話では扱わない事故対応だから、しっかりと構えて必要な設定などの情報を書き込んでメールを造らなくてはならない。これでどれだけの時間を使うものやらと思いながら、面倒な作業をいくつかやった。なにせ前回のことも記憶頼りでは心もとないから、メールも相当数残して保存してある。

 ほかのトラブル対応にも備えて、およそ1000件以上の受信メールはそのまま保存し、ファイルをこしらえて分別してある。その中から拾い出さなくてはならない。ものによってはGmailでなくOutlookを使ったりするから、探し出すのだってそれだけの時間がかかる。修復したのはよかったが、独り相撲をとったようだ。

 写真もパソコンに取り込んであるから、実体がない。以前なら現像フィルムあり、焼き付けた写真があって体感できたのに、デジタルカメラでは触ることができない。いわば「お化け」のようで、プリントするまではパソコンのモニターで見るだけのこと。情報としてやりとりするのは、便利ではあるが、気持ちとしてはなじめない。京都に行ったとき、スマホで撮った写真も、こうして出さない限り、記憶装置のファイルとして眠っているだけのこと。

2018年5月8日火曜日

メンテナンス風医者通い

 股関節の動きが悪くなっていて、胡坐をかくことができないし、足の指の爪を切るのも足を折りたためず、やっかいな状態になってしばらくたつ。ここにきて、寝るとき横になると股関節に痛みが出てくるようになり、椅子に座った状態で二時間もすると、そこに痛みがでてくるようになった。

 動きの悪さがもとで足の指をベッドの敷布に引っ掛けてしまい、「ポキ」と音が聞こえた。そんなに痛みはないが、念のためレントゲンを撮ってもらおうと医者に出かけた。青あざが出ているから下手をすれば「骨粗しょう症」年代では、疑った方がよかろうとの判断だった。

 結果は折れていなかったので安心したが、ついでに股関節の方も調べてもらおうとしたら、翌日専門医が担当することになっているとのことで、レンチャンで出かけることになった。

 股関節のレントゲンでは、やはり骨の異常はみあたらないとのことで、医者とのやり取りでは筋肉痛という判断らしい。横たわって仰向けや横向きになって、足を折ったり組んだりしながら、先生が要所を手で圧力をかけるが、特に痛みがなくて妙なものだった。

 結局様子見をみてということで終わったが、寝るときに使っているマットレスの柔らかさは、影響はないだろうとのことだし、高尾登山に何回か行っているのには原因がないとは言えない(疲れが残っている)との見立てだった。歩くことのみに関しては、痛みはまったくないのだから、先生は「関節炎」としておくが、もし今後も続くようであれば再度来るようにとのことだった。

 わかってきたこともあり、NETでみた「股関節ライフ」の股関節トレーニングもやってみながら様子見とする以外なさそうだ。

こんな日は温泉がいいね。







2018年5月5日土曜日

5月3日憲法集会に行く


 連休のときは、かつては家族旅行で出かけるのが常だった。子供たちが自分の生活エリアを持つようになった今は、テレビが渋滞の報道をするたびに当時の渋滞の大変さを思い出すだけのことになった。渋滞を伴う運転は余分に疲れるし、せっかくの素敵な旅館でも、酒を楽しんだ後はすぐに睡眠になってしまうので、後々「あそこの料理は何々で」とか「いい風呂だった」と言われても、ほとんど記憶に残ってはいない。

 車を持たなくなってからは、列車を使った旅へとすっかり変わった。写真グループの旅となれば、座席を回して、向かい合って酒を飲むのが、極上の楽しみになった。それも毎日が日曜日となっているわけだから、連休の苦労などどこかの世界の話になった。だから、連休中は「空き」になる。

 空きだからというわけでないが、有明防災公園で開かれた憲法集会にでかけた。壇上ではこもごも、政権への心からの怒りを、参加者の共感を受けながら訴えていた。自衛隊を憲法に書き込んで、日本が戦争の主体者になるかという動きを止めようと、熱気を感じるものだった。その深刻な状況であるのに、皆がニコニコとしている。これから先への確信がそうさせているのだろうかと思えた。







2018年4月30日月曜日

4回目の高尾山「登頂」

 23日には4回目の高尾山に行った。12月から始めたプチ「登山」だが、身体によい影響が出ているかどうかはまだわからない。やっぱり息は切れるし、山頂近くなると急坂が多くなる道で、止まってはたびたび息をつくハメになる。

 今回は小学生のグループと一緒になった。駅の前にたくさんの子供たちが、先生の話を聞いていた。巻き込まれないようにと思いつつ、先を気持ちだけ急いだつもりだったが、途中で抜きつ抜かれつの状況になった。

 終盤では班別で決めているらしい小学生グループの、比較的太目の子たちと、競う様相になった。グループはだいたい女の子が声をかけてリードしていて、そのままいけば「女性上位」の将来を想像させられた。月曜日だったが、神社には外国人の観光客もきていて、にぎやかなものだった。木々の青葉が目に染みて、季節の味わいを楽しませてくれた。