2012年6月8日金曜日

犯罪無くすのにどこかねじ曲がっていては


 逃げ回るオウム真理教の元幹部の報道を警察関係のリードで「公開」されている。コメンテーターも元警察関係者だ。番組を見ている視聴者は、警察官になったつもりで一緒に追いかける気持ちになる。

 監視カメラで記録されたものをマスコミに公開して、「世論の力」で捕まえようということだろう。検察庁は失点がつづいて、「外国人犯罪」ムードを利用した冤罪も出てきてしまった。真実からそれてしまえば、犯罪をなくすことにはならない。

 江戸時代同様の「自白」調書が証拠みたいなことでは、真犯人を逃がすことにつながる。まして、このとき「宴会」を催していたということだが、「枝葉」のことであっても、真面目なのかとだれしも思ってしまう。

 オウム真理教事件の当初、坂本弁護士が「青法協会員」だということで、誘拐事件の初動を遅らせた。長野松本サリン事件の河野さんも冤罪がかけられた。どこかねじまがった警察行政がまだ、続くようでは心もとない。

 自殺者が14年連続で3万人を超えたというのも、「犯罪的」だ。40万人以上が死亡、つまり中野区の人口がすっかりなくなってしまったほどのことだ。これは国による「犯罪」とはならないのか。自殺する若者の数が増えているのも「就業環境悪化が影響しているとの見方」と、誰の顔をたててかの及び腰対応ではいかがなものか。犯罪事件でも「未必の故意」というのもある。