2016年2月24日水曜日

海風に晒された立木が能登の象徴の一つ

 枝振りが良い岸壁沿いの木はないかな?と「新しい着想」の狙いを定めて二日目の旅となる。次は輪島のはずれの宿泊なので、移動はゆったりとした時間がとれる。輪島までの道は断崖の道だから、狙いの枝振りの木はいくつも目に入る。枝の先が海風に曲げられて、一様に同じ方法を向かされているのは、気の毒なようでもあり見方によっては滑稽でもある。

 人の場合なら同じ向きに敬礼するような連想で行くと、面白いどころでなく気持ちが悪くて願い下げということになる。能登にとってはそれも当たり前の景色なのかもしれないが、「近代的都市」に棲むものには、「絵」となるのがおかしなことだ。

 白米千枚田に着いた時には雨が多めになり、撮影に意欲がもうひとつ湧かないが、田に雪がないところにたまった水が光って見え、ライトアップの仕掛けがポツポツと輪郭を見せて、それだけのみの変わった景色が撮れた。雨の中売店のお婆ちゃんが、一人きりであまり訪れそうもない客を持っていた。かつては千枚田を使って米を作っていたんだと、自慢げに話をしていた。コメ作りが農業者の手から離れて、「オーナー田んぼ」になり観光で成り立たせると言う「世に連れる」姿は、なんともはかない。

 名舟漁港はこれまで来ていながら、こんなところに鳥居があるとしかわからなかった。御陣乗太鼓の発祥地で、海に立てられた鳥居が、象徴として存在していた。御陣乗太鼓は731日に、催しがあるらしいと後から判った。曽々木海岸もいつも立ち寄るところだが、鳴かず飛ばずの様で同じものしか取れなかったという印象だ。