2012年12月12日水曜日

釣り人の「ツぬけ」しない悩みなんか


 新幹線の座席に座ると、目の前の座席の網ポケットに「トランヴェール」という冊子が置いてある。この冊子の角田光代さんの書く、旅のエッセイがいつもおもしろい。先月号では、いつも誘われ側であるグループ旅の直前にメンバーが亡くなってしまった。だから旅はその人の話でずっと持ちきりになってしまった。出かけた旅先がなぜそこだったのかが、思い出せないと言った趣旨のことだった。

 エッセイだから長くなくて読むのが楽だし、作家と言うプロのなせることなので、すらすらと読ませてしまう。面白さは人によって受け止め方は違うにしても、こうやって読者を乗せてしまうマジックみたいな力が面白いと思う。ありふれた事柄が題材でも、楽しく読ませるという能力に尊敬以外の念は浮かばない。なんでも力を入れればいいというものでないということがわかる。

 この角田光代さんと、師匠の岡崎武志(書評家)さんの対談が赤旗(1126日)に載った。そのおしゃべりの中で、「書けない」という状態を抱えているということを話している。そこを突破するにはという師匠の言葉がやり取りされていた。ものを書くのも好きなことだからやるのだろうけど、やはりいつも簡単にできあがるわけではない。「突破すれば、次のステージへ」と励ましをうけて、頑張ると話しているのが印象的だ。

 この対談を読んだら、先のエッセイが軽やかに、さわやかにできていて面白いという感想は、悪戦苦闘でないにしても、苦労の中で生まれたのかもしれないと、思い直すことになった。

 その比で行くと、釣り師の悩みはだらしがない。悩むのはツ抜けしたかどうかくらいなもの。(「ツ抜け」とは釣りの慣用語。ひとつ、ふたつと数えて、九つまでは「つ」が言葉についていて、十(とう)になるとなくなるから、「ツ抜け」と表する)

 「おおい!釣れたかい?」という問いに、返事が「まだツが抜けないよ」と釣れない悩みをぼやく。10尾を超えないときは、なんとか頑張らねばと自分を激励し、あれやこれやの対策をかけめぐらせる。そしてようやっと抜けるとなにかほっとして解放されたような気になる。そんな程度の悩みだ。まあ、はた目からは苦労といえる代物ではない。