年を取ったら神様が「もういいよ」と言って、やらなければならないことを減らしてくれる。そのために、「えーと、なんだっけ」とけっしてお惚けでない忘却を与えてくれるものだと思っていた。しかしどうもそうでもないらしいことが、毎日の暮らしの中で現れる。
若いころの世の中の変わり方は、もっと穏やかだった。時間がゆったり流れていた。新幹線は、金曜日には背広服のサラリーマンが東北方面へと移動(帰省?)する。
「こんな」とは、まさに困ったこと政治のバカげた有り様や、ニュースで流される不祥事件。人権や民主主義、言論の存在は無きものにされてしまうのかということ。企業の有益ばかりが突出して政治の課題にされることにはあきれ返る。
新幹線はビジネス特急と言われた。まさに日帰りで使われるビジネスマンの移動速度が、企業の懐を潤す。デジタルの情報とそれを使った「決済」は格段にその速度を速めた。人がそれに振り回されている。
もう少しゆっくりさせろよ、人間らしさを持たせろよと、そんな気がする。いわきの海はすでに夏を終えていた。でもまだ太陽に照らされて、輝きを放つ。もうじき冷たい風が吹くのだろう。