2026年1月1日木曜日

毎日難儀なことばかり♫…ばけばけ

いや実にそのとおりと思うけど、ばけばけの歌詞は主人公の人生は、前向きにという意味合いがあるんだとAIが説明していた。つまずいても無事立ち上がれれば言うことはないけど、倒れたら骨を折るかもしれない。振り返って気をつけなければならないこともたくさんあるけど、厄介さも面倒もある。今朝は元旦ではあるけれども、例のパソコンの具合(ほとんど自分のせいの具合)が捕まえきれなくて、大みそかまで引きずってしまったので、二年越しの「ヒマツブシ」に突入といったところ。

日記を書いたときの文章の不具合、つまりキーボードのあやつりと、文章の見直しの手抜きでおかしな綴りがいくつもあった。パソコンソフトが一年とおして覚えていてくれているのがわかって、知ったからには直さないわけにもいかずに、修正作業をした。入力時の注意力の低下なのだろう。

そのついでに、日ごろに日記に記している「休酒」「飲酒」の一年間の数を検索してみた。昨年、家飲みはしないようにしていたつもりが、驚いたことに「休酒」は231日という記録だった。63%の飲まない日が多いのかどうかはさっぱりわからないが、飲んだ日が37%となると野球の打率でいうとかなり高めになるのかな?脂肪肝対策にはなったのだろうか?

ブログは本音では「ふうふう」といいいつ2088本に達した。

昨年のトピックはパソコンとの付き合い。なにせ脳梗塞か認知がかかったかと思うような頭で、パソコンを「いじりまわす」のだからパソコンだってたまったものじゃないと思う。それを反省もせず、「これやってみちゃえ」という子供心を先行させていくのだから、まずった結果が大きくても己のせい。

とうとう新しいパソコンを11月に入れて写真の講師にも助けを借りて動かしている。ようやくその結果が安定的になったように見えた。しかしまたやらかしてしまって、パソコンファイルのコピーなるものが動きはじめて止まらない。

これは仕方なくコピーされたものを削除するさいかなさそうで、年をまたいで働き甲斐のありそうな始末となっている。

暮れに合唱団のグループと温泉に行き、熱海梅園を訪れてみた。梅は1月10日にオープンとのことだったが、ちらりほらりと花をつけていた。観光客が少なくてゆったりと園内を回って歩いた。

小田原は一転、観光客がいっぱい!だった。












2025年12月23日火曜日

一日置いてまたカラオケにいく

殆ど行っていないカラオケに一週間に2回もいく?一回目は最初から行く予定になっていた。ランチでかるーく一杯やってから、有名な「まねきねこ」に飛び込む。同じ建物なのでさっさと部屋に入り込めた。

自分からカラオケに行きたいと思っていたのは、もう何年前だったか。今は合唱団に加わっているので、特に歌いに行きたいという気はあまり涌いてこない。今回はなぜか気が乗って、面白くてたくさん歌って楽しい場になった。何を歌うのかを選ぶのがちょっとやっかいだけど、端末に慣れさえすれば日頃の飲食店での「注文端末」と同じように、何とかなるものだった。

やっぱりこの世はデジタルぬきに買い物もできなくなってしまったから、いやでも慣れていかざるを得ないなと思う。歌は嫌いでないから、最近のものはさておいて「青春時代」からの知り合いの「歌曲」は様々ある。

アルコールが入ってのこと、自分が歌った後は人の歌など聞くでもない場面もある。多分カラオケとはそうしたものだろうと理解し、時には拍手をして称えることもする。

一日置いて写真の会の忘年会が昭島で持たれた。「忘年会をやろうということが少ないじゃないか、そういうこともやって楽しい会にしよう」という発言に同調して、なんとまたしてもカラオケに行くことになった。

飲んだ勢いはあるけれど、昭和の時代のような楽しい時間を持てて気持ちが明るくなった。歌った歌、気に入った歌をスマホのメモに書き込んでおいた。次の備えのために。





 
スバル
喝采
コスモス
少年時代 井上陽水
神田川
シクラメンの香り
宗谷岬
地上の星
無縁坂
夜の銀狐
いい日旅立ち
別れの一本杉
黄昏の銀座
雪が降る
南国の夜
見上げてごらん夜の星を
ラブユー東京
影を慕いで
麦と兵隊
別れのブルース
舟歌
同期の桜
※同期の桜、麦と兵隊は「昭和100年」の中にある。こんな歌があったと歌ったほうがいいと何気なく思った。今回歌ったものでないけれど、むろん反面教師で。

2025年12月17日水曜日

短い秋のど真ん中周って中禅寺湖

れでもかというような暑い気温が、急降下で低気温に見舞われて、季節の移り変わりを感じる間もなく、秋に突入した。と思えば今はみごとに冬だ。

いつもの墓参りの旅で、今回の復路は中禅寺湖を通るコース。運転は娘に頼りっぱなしで、道路の行程も同様に任せきり。今回の宿泊場所も選んでくれて、となりの助手席で移り変わる景色を楽しむばかり。

なるべく居眠りはしないようにはするが、このところは齢のせいかときたま眠さに負けることがある。たまに運転を変わることがあっても、いくらかのお手伝い程度。運転はきらいではないが、すぐに眠くなるし、腕前技術が落ちているのは気合だけでは隠せない。隣にいてシミュレーションしていても自覚する。

車の運転を必要とする生活ではないから、免許更新はしなくても困ることはないのだが、免許がなくなると寂しい気がする。さんざん迷った末もう一度だけ更新しようかと、認知症検査を受け高齢者講習会にも行ってきた。視力検査、動体視力、夜間視力、視野角度の検査をしたら、平均的な結果だった。運転はアドバイスを一つ受けた。

まあ大丈夫かなのかの感触だった。認知症のほうは日常「自覚あり」のことなので心配はある。基本はこれも「自己責任」で取得ということになりそうだから、なるべく運転は避けることが正解かもしれない。講習会の話では、高齢者の事故は多いと日々ニュースで取り上げているけれども、件数が増えているわけでなく若者の免許取得者が減っているので、相対的に多くなっているとのことだった。










2025年12月13日土曜日

AIに使われてどうなるのかを想像する

最近はNETの検索で答えてくれるAIの結果は、書き込んだ文節に対応してくれるので、だいたい「聞きたいこと」に沿ったものが出てくる。書き込んだ短文の要領のよさも左右するので、その手法も影響する。知らぬことの理解を広げてくれる「検索」結果は、昔であれば広辞苑、国語辞典や様々な本などだったのに、現在はそこを超えてスマホ一つで、NET上に所在する情報をくみ取って答えを出してくれる。

でもその簡便さと利便が広がって「社会」の発展に貢献すると素直に受け止めるわけにはいかない。例えば裁判で「冤罪」を含む判決内容は、どう扱われるのだろうなどと考えると、心穏やかでない。

AIを使って作文をすることは、小学生が利用しているといわれているが、お試しでやってみた。確かに素晴らしくまとまっているように思う。しかし利用した人間がみなオリジナルでない文章になったらどうなるのか。

ハサミの使い方の問題になるともいえるけど、ハサミを使っていない人の問題はある。公正だとか正義だとか民主主義はどう扱われるか、憲法は?目下のさまたげのない自由勝手なAI開発にそのまま未来を預けるなんて気持ちが悪い。

~合唱団で楽しんでいます~というテーマでAIに頼みました

歌声がつなぐ仲間との時間

合唱団での楽しみ

私は合唱団に所属し、日々の練習や本番の舞台を仲間たちと一緒に楽しんでいます。歌が好きで始めた合唱ですが、今では歌うことだけでなく、合唱団で得られるさまざまな経験や人とのつながりも私の人生の大切な一部になっています。

合唱団に入ったきっかけ

もともと音楽を聴くのが好きで、友人に誘われたことがきっかけで合唱団に入団しました。最初は自分の声に自信がありませんでしたが、団員のみなさんが温かく迎えてくれて、少しずつ自信を持って歌えるようになりました。

練習の楽しさ

毎週の練習では発声練習やパート練習、全体での合わせなど、充実した時間を過ごしています。時には難しい曲に苦戦することもありますが、みんなで協力して一つの音楽を作り上げていく過程はとても楽しいです。特に、ハーモニーがぴったり合ったときの達成感は格別です。

仲間との絆

合唱団は年齢や職業もさまざまな人が集まっていますが、歌という共通の趣味を通じてすぐに打ち解けることができます。一緒に歌うだけでなく、休憩時間におしゃべりをしたり、練習後に食事に行ったりと、仲間との交流も合唱団の大きな魅力です。

発表会やイベント

年に数回ある発表会や地域のイベントへの参加は、日頃の練習の成果を発揮できる貴重な機会です。大勢のお客様の前で歌うのは緊張しますが、拍手をもらったときの喜びや、舞台を終えた後の充実感は忘れられません。

自分にとっての合唱団

合唱団は、私にとって癒やしと成長の場です。歌うことで気持ちがリフレッシュされ、仲間と目標に向かって努力することで達成感も味わえます。これからも合唱団での活動を大切にし、より多くの人と音楽の楽しさを分かち合いたいと思っています。



2025年12月7日日曜日

日曜日の振り返り

 日曜日はこころ穏やかでいい。これは長年の積み重ねなのだろう。日曜とあらば釣りに出かけるのを常としていたから。草や木や土の匂いがするところでは、「溶け込んで」頭がすっきりする気持ちがしていた。なにせ余計なことを考えずに魚を確保することに集中しなくてはならないのでそのせいもある。現職の釣り師たちは元気な姿で続けていることだろう。今はその名残のおかげで、日曜のゆったり感を味わうだけになったが、少々現職が羨ましくもある。温泉旅は墓参りで毎年よく出かけている。両親ともそっち方面だから、一年に2回は「ついで」にあちこちのなるべく安めの宿を予約していくが、このご時世で、コロナの影響もあって閉じてしまうところもあり、もう十分続けてきた残余の時間を儲けなど考えずにいる宿もある。肘折温泉は毎年のようにいくが、墓に近いので頻度が高い。少し前までは定宿があったが人気があり値段も上がった。秘境の温泉と銘打っているから人気があるのだろう。予約は空きのある所になる。その温泉への途中、福島あたりで温泉宿を探す。志しの写真撮影を頭の隅よりは中心部に置いて、工程を考える。その計画を考えるのも楽しみの一つ。

11月の墓参りの「ついで」だった福島の太陽光発電所は、前に行った時よりも規模が広がっているのをグーグルマップで確認していたので、旅の工程に入れた。以前のブログ投稿に、イノシシの食餌探しの写真を載せたが、発電所は広大な面積になって見えた。








2025年12月2日火曜日

共生が大義だけの飾りでは

 生き物の頂点にいる人間たちは、自然界の一員として、共生している他のものに対してあまりに冷遇しているように思う。人間たち自らが作った「自然界」の「定義」では

・天地万物が存在する範囲

・人間界以外の、人間を取り巻く世界(グーグル日本語辞書)

・人間を含む天地万物の存在する範囲

·人間界以外の、天体や動植物など人間をとりまく自然の世界

·人間と生物を除く、物理的な世界。人間社会と取りまく自然の世界」(コトバンク)

とされて、人間を含むものか人間以外の‥とするのかの「混乱」か二重解釈になっているみたいでもある。人間たちも自然界のうちであるという考え方が、必ずしも優位ということになっていないのは、共生がよく言われる現代により大切なことではないかと思う。人間の生活エリアや生活エリアだったところに出現する熊についても、自然界の中で「人間優位」で対応するだけではことたりないのではないかと思う。

自然の有り様を考え大事にしようとの行動がないわけでもないが、ニュースを見る限り「被害」と見立てて敵か加害者のように強調されていくことで、人間の生活場に出てくる環境を作ってきた人間側の責任はあいまいに映って、熊にはちょっと気の毒かと思う。

 …熊の行動と周辺情況を見た限りで点描すると

アラスカの町は庭が広いのか、やっぱり庭の木の実を食べる

最近の日本では柿の木で昼寝する(太ってる!)

知床で熊がサケ漁をする海岸に現れるが、漁師に叱られてスゴスゴと去る

小熊の成長期には母熊が「警備」を強化する

「出会いがしら」がないように気を付ける

建物に飛び込んで動揺して走り回る(警戒心、気が小さい?)

高齢者にとびかかるが、(抵抗されて?)逃げていく

熊は人と距離をとろうとする

狩猟免許者は高齢化 しかも「趣味、愛好者」として猟銃を持つ

銃猟者はボランティア(処遇改善、公的な位置づけ必要)

熊対応、秋田県は16人他の東北各県は1人

熊の足跡を見つけたら警戒するか、そこから去る(逃げる)

小熊は母親離れで独り立ち「させられる」?

基本の食餌は植物だが最近は鹿も食う 時によっては人間も?

熊が山を下りるときは本当に困窮しているとき

繁殖したのは彼らの責任かな(繁殖過大に対策が必要)

熊に対して最後は闘う必要性

背中を丸めて頭と首を手で覆う

マタギはほぼいなくなった 解体処分の体制を作る必要

熊の肝臓の効能としては、主に胆汁の分泌促進や肝機能の改善

「人と熊の軋轢を軽減していくことが重要」(秋田副知事)

ライフルよりは猟銃で(猟師)

冬眠をやめたのは食餌ができる環境をみつけたから 

熊の生活エリアを確保することが必要だろうと思うが、人間の生活エリアも細っていることを考えると簡単ではない。せめて山を荒れ放題にしておくのはよくない。温暖化の影響がおおきく影響していることは無視できない。これは「人間側」の責任。

2025年11月24日月曜日

しかしパソコンは手ごわい

パソコンの入れ替えで新しく分かったことがいくつもあった。便利さを享受して、だいたいのところ賄いできるなと思っていたことには反省させられた。それなりにこなすなどいう次元の器具ではないと改めて見直した。

確かに利便さは体験してきたし、いくつかのことができたと思うが、なにせ「遊び」の次元のことで、「いつまでにやって、目標を達せよ」というストレスもないのだから、かなり緩い場面で過ごしていたのが実情だ。

このパソコン入れ替え作業で自分としては慎重にやってきたつもりだった。そのために新しい知識を得ることがかなりあった。しかし、最終の場面でもつまずいた。次のための、つまりパソコンはいつか必ず壊れるものだから、そのときに回復できるようにバックアップの作業が必要になる。

これを済ませれば着地できると踏んでいたところ、ファイルのコピーの際に入れ物であるフォルダーの使い方が違っていて、二重にコピーし始めた。これは想定外だったが、人間のアナログ社会であれば「入れ物はそっちじゃなく、こっち」とすれば済むところでも、「イチかゼロか、×が〇か」の嫌な性格からは、こっちが気が付かない限りそのままになって後を引くことになる。

そのうえAIとやらが、強引に割り込んでくるのだから、困ったことがまた増えるのかな。「馬鹿とハサミは‥」でいくにしても、ハサミの持ち方と使いようを知らないと役に立たない。前日夜に修正の設定作業をして、そのあとパソコンには朝方まで超過勤務をさせることになった。早朝に確認したところ、今度はうまくいったらしい。