アメリカがとうとうベネズエラに本格的な攻撃を始めた。これまでの「和平」なるものの正体が見えるようだ。平和にしようという大義はいま存在するのだろうか。どんな国であれ頭越しに暴力で仕掛けるのでは、20世紀に逆戻りだ。
この世界に「防衛力増強」をしれっと進めようという日本なのだから、かつての「侵略戦争」の無反省さがそのまま生き写しに浮かんでくる。
年賀状はついに出さなかった。年末のテレビ番組で年賀状について取り上げていた。コミュニケーションとしての存在で、やめるもよし再開するもよしという「研究者」のコメントがあって、なるほどと思った。高額になった年賀状を論ずることはなかったが、いつも年賀状のあいさつを準備するのが難題でいつも苦労していた。
このおり何より心穏やかならぬ事件が多くて、事を綴るのもなかなかできなくなってきた。表づらの言葉を重ねても仕方がないし。つまるところ「挨拶」をかわすような現世ではないという気分が先行してしまった。でも一応新年の心持をどう表すか?を当たってはみた。結果は「いろはにほへと」だった。なかなかの含蓄がある。
万物は常に生成・変化・消滅しており、一時もとどまってはいない
*我が世誰ぞ 常ならむ
生あるものは必ず滅びる
*有為の奥山 今日越えて
生まれ死ぬという無上の現世を超越して、悟りの境地に至り
*浅き夢見じ 酔いもせず
煩悩に満ちた現世を脱し、生死の苦から説き放れたとき、真の楽しみの境地が開かれる

































