2016年7月25日月曜日

平和、人権、環境のスローガンは不滅がいいに決まっている

 昨日義父の四十九日で納骨をした。墓の下に安置されて「あの世」に旅立ってしまった。般若心経の響きと、間をぬうように鳴く蝉の声のシャワーを浴びて、皆で旅立ちに沿った。会食でこもごも生前の思い出を語り、たとえ一時であっても亡き人を忍ぶことができて、その分だけ気持ちの安寧も得られた。現世との境目は、未整理の心持と想像の世界ゆえ、理解が違ってしまうのは、人間社会世界の常にして容易に越えられないことかもしれない。だから心を落ち着かせる場の存在価値があるということだ。

 曹洞宗は新潟の檀家だったころからの「つきあい」になっている。信心のない不心得者からは、読経のありがたみというよりは、長い間人の心に寄り添ってきたことへの敬意を感じて、理屈も理解も少し脇において「全てのものは、無常・無我である『空』の存在なのだから、とらわれ、こだわりを捨てて、全てを『空』に観じていく」とする般若心経に身を置かせていただいた。

 道元が鎌倉時代に開いたとされる曹洞宗は、中国での始まりが1100年ほども前であり、日本では臨済宗派にいて、中国にわたり学んで1226年に日本に戻った道元が広めたのだが、中国に行く前に所属した臨済宗とは武家に支持されたということだった。
 武家支配層から離脱の動機があったのだろうが、中国にわたったことが影響しているのだろうか。「臨済将軍曹洞士民」との言葉があるそうで、曹洞宗は地方武家、豪族、下級武士、一般民衆に広まったとのことだ。

 そのことと、つながっているのかどうか経緯はわからないが、教義には現代日本の宗教として、三大スローガン「人権」「平和」「環境を掲げている(2005年現在)。曹洞宗の時間軸には、宗派間の分離、変遷が目まぐるしくあり、一度は絶えてしまってまた引き継がれるなどの動きがある。現在も永平寺派と總持寺派が存在している。三大スローガン(平和、人権、環境)が現世の反映したものとみると、信心も現世と切り離しては存在できないということなのだろう。

 このこと、NETをみていたら「Yahoo知恵袋」に投稿があった。
質問~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
禅宗である曹洞宗のスローガンが“人権”“平和”“環境”なのですが、どうしてしまったんでしょうか?
世界的に人気の禅を利用したい左翼に乗っ取られてしまったのでしょうか?
道元の考えはルソーとはかけ離れてるし、人権なんて胡散臭い、安っぽいことは言ったりしない。
答え(ベストアンサーとされている)~~~~~~~~~~~~~~~~
 曹洞禅の神髄は只管打坐です。ただ座ることで自身を極限まで磨くことが目的です。禅宗がいつから大乗になったのでしょうね。人権、平和、環境なんて自己研鑽のスローガンには不要です。また、仏教では因果応報が社会の仕組みですから人権なんて関係ありません。釈迦も平和には心を砕いたようですが、環境はその時代なら想定外です。きっと曹洞宗も時代に合わせて大衆に迎合したのでしょう。その結果がセンチメンタルなスローガンになったのだと思います。
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この答えの主をのぞいてみたら
職業 愛国者
自己紹介
国を愛して何が悪い。国を愛せないものは敷島より去れ。
若い人の質問に出来るだけ答えるようにしたい。資料を貼り付けたりするのではなく、出来るだけ自分の言葉で解釈して回答したい。若い人たちはこれから国の礎となっていく大切な人たちだからだ。まじめに考えてほしいと願っている。

と登載されている。関係者ではない人間が答えたものを、「ベストアンサー」ととりあげるヤフーは作為的すぎるのではないかな。このスローガンは世界共通の言葉で重視されているし、未来にひきつがれるべき大切な言葉だ。戦争行為の対極にある。もっともやりとりの内容については責任を取らないということにしているだろうけれども。

ヤフー → 質問、相談



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