2012年1月19日木曜日

今の政治が続くのはゴメンだ

 選挙区5減、比例区80減は多くの願いを捨ててしまう。一人一区では比較第一党が議席を得る。「二大政党論」で自民党と民主党どちらかが残る。


 大阪の区長は30数パーセントの得票率で当選。首長は複数入はらないから、これは制度としてはしかたがない。


 小選挙区制は自民党が独裁的に政治を続け、得票率が30%台になったとき、批判を受けても当選できるように仕掛けを作った。


 民主党はマニュフェストをきらびやかに掲げて、票をかすめ取った。政策の劣化は隠しようもないし、自民党時代の政治どころか、いまや開き直りになった。


 岡田副総理は「公明党にも配慮」とあけすけに言った。だいたい、小選挙区制になって何人首相が変わったか、何人の閣僚が交代したのか。


 政策ももちろん、資質の問題も問われている。アメリカの要求や財界の思いが最優先で、国民の意見要求を切り捨てる。


 こういう政治を保証する制度では、また反国民的な政治を続けることになってしまう。「議員定数を減らして」と、身を削っていると見せかける手法は犯罪的だ。


 議員が国民のために働かないから問題なので、そういう議員を当選させる小選挙区制はよくない。


 議員数が少なくなれば、「原発からの撤退」の要求などは届かなくなる。政党交付金をなくせば400人以上の議員歳費と同等という計算になるという。さっさと止めればいいじゃないの。

2012年1月18日水曜日

釣りの会の総会が近いが

 釣りの会の総会が来月あるので、担当の仕事のまとめをしなくてはならないが、なかなか進まない。


 人間の出来が悪いせいか、子供のころも「勉強しろ」と怒られると、鉛筆削りを始めたものだった。肥後守という安いナイフだった。


 でもそれで一所懸命削ったおかげで、ナイフの扱いは苦にならなくなった。近くの山へ行って灌木の中入り込んで小屋まがいのものを造ったり、竹で弓矢を造ったり、竹とんぼはよく飛ばなかったな。


 もう時効だからいいだろうけど、よその畑のスイカを取って食べてしまったり、サツマイモも食べたっけ。


 その癖がまだ抜けないのか、大事なことは後回しにしてまず遊びから入る。


 今は遊び道具のパソコンだから、食事の片付けが終わって座ると、メールを見た後はツイッターを眺める。


 今日は石原知事が「刺激がないから芥川賞選考委員を止める」と言ったのを報道されたことから賑やかな「つぶやき」が始まっていた。「ついでに知事もおやめになったら」などと。
 それに悪乗りしてつぶやいた。

石原知事さま。芥川賞選考委員をお止めになるそうで。仕事は副知事に任せて週2回しか出勤せずに小説書いているのかと思ったら、選考のために小説もお読みになっていた。刺激がないそうですが、ガレキの受け入れやオリンピック招致もご自分の刺激のためなのでございましょうか?

親しめる楽しい国歌なら


 「君が代」は愛されているのかね。風呂にで暖まりながら口ずさむことはないし、カラオケでは絶対歌わないね。

 「国歌」は明るいものでいい。うれしいとき、気持ちを表現したいときに肩を組んで歌えるようなものがいいんじゃないか。

 若者のLiveでは、みんな立ち上がってペンライトなんかもって、振りかざして同調している。歌ってそういうものでないか。

 天皇は現憲法では「象徴」だから、「君が代」の歌詞にこだわる必要はない。日本の歴史でもっとも他国を侵略した15年戦争の行為を懐かしむ人たちが、今も政治をつかさどる人たちの中にもいる。
その体現が「起立斉唱」。

 軍事でことを収めるのは控え時だ。イラクからアメリカも引き上げる。(もっとも金がかかるからという事情もあるが)。北朝鮮の所業にさえ、「協議」の時代だ。

 歌は世につれ世は歌につれというじゃないの。みんなが歓迎するようなものならともかく、「起立して歌うのが職務命令」なんて、諸外国から笑われるよ。

 公募したらいまの若者は感性が鋭いから、いいものができると思うけど。そしたら、起立の職務命令なんぞださなくても、起立かつペンライト付きで愛されるよ。

2012年1月16日月曜日

「君が代」は過去もの


 官房長官が記者会見をするときに壇上に向い、日の丸の旗にお辞儀する。その姿を見るたび、あの人方は日の丸には頭をさげるが、国民には頭を下げていないなと思う。

 福島原発問題に関しての記者会見では特にそう思えた。自分が生まれたところを嫌いな人はいない。ずっとそこで暮らしたいとおもっているのが圧倒的だろう。

 それは震災で一層はっきりした。言い換えればそれが国に対する愛情というものではないのか。

 なのに、愛する相手が縁遠いわけ。わが近所の商店街はやっぱり寂れる一方。駅近くは商業化策に誘導されて、小売り商店は成り立たず、飲食店が入れ替わり、コンビニが幅を利かす。

 住宅街といえば、昔からの家が減り、歯が抜けた後のように黄色のカラーの「時間駐車場」が」増え続ける。身の回りがこれ。これは政治のせい。

 政治の処遇といえば、まるで社会保障のやりすぎで財政赤字になったと言わんばかりのやりかた。

 ユーロの信用が下がったと「格付け会社」が国の順番を発表しているが、日本はスペイン、中国と並んでいる。だいたい国債の信用で云々などということは、「大金」を持って投機に走っている連中の心配ではないのか。

 賃金をつましく得たり、年金でくらしている向きには直接関係がない。マネーゲームに左右される政治など願い下げ。こういう国を「愛せ」、直立して「君が代」を歌えというわけだ。

 最高裁の判決は「減給、停職は具体的事情がなければ許されない」とした。大阪でも不起立3回で免職という条例を決めようとしている。東京といい大阪といい、時代遅れの「過去もの」に縋っている政治は似ている。

2012年1月15日日曜日

自殺者3万人14年も続く異常


 自殺者が3万人というのが、14年も続いている。昨年の震災の死亡・行方不明者数と比べてもいかに多いか。

 昨年の震災は、起きてしまったときの被害を食い止めるため方策と、政治の貧困さを浮かび上がらせた。

 この「自然災害」とは違って、自殺者がこんなに連続して発生しているのになぜ減らないのか。思いとどまるような対応をボランティアの人たちがやっていはいても、それを上回る「社会圧」が厳然としているように感じる。

 果てしない格差社会の形成、競争社会の敗者は浮かび上がれないという背景があるから、「底上げ」の政治がどうしても必要だろう。

 民間の勤労者の賃金は徹底的に切り下げられ、民間より高くなろうはずのない(民間の賃金調査によって決めるのだから)公務員賃金が高いと言って、両方を削減していくという見せ掛けの「是正」に乗っけられている。

 政治が手を差し伸べなければならないことは、アメリカと財界に御注進だけというのでは政治でもなんでもない。非正規雇用者が30数パーセント、生活保護者受給140万人などの状況は「自己責任」だけでは改善できない。

 閣僚の首を挿げ替えただけで、国民生活になにもやらない政府では、支持率上昇は望めません。そんなに馬鹿ではありませんよ。

2012年1月14日土曜日

仙人になるのはもっと先か

 連れ合いが退院できてとりあえず復帰。とはいっても再発の可能性もあって要注意の身分。


 虚血性腸炎という聞いたことのない病名で、いくつか種類があって生命の危険にも及ぶ場合があるという。食事は刺激のあるものは避けてという指導で、お粥を食べている。


 婆ちゃんは昨日病院で「腎臓手術」をするかどうかの相談に行った。肺に弱点があるから手術する場合には危険が伴うとのこと。腎臓の状態がいまのままで、進行に変化がないのであればリスクを避ける選択もあるので、とりあえず様子を見ることにしようとの結論に至った。


 今日は二人で通いつけのパーマ屋さんに行ってさっぱりしてきた。

 釣りの会の総会が近づいているので、気にしているが集中できなくて頭の整理がなかなかつかない。ようやく会計監査のだんどりをつけようと連絡を始めた。


 東京にもどってから、これまでのあれこれの付き合いがまた続いてくる。が、これまでどおりにはいかない。そうはいっても持っている荷物も簡単におろせる状況でもない。仙人になるにはもうちょっとかかるかもしれない。

2012年1月13日金曜日

夜灯(よとぼし)漁の祭り実行委員会から返信


 メールの返信が「稲毛あかり祭夜灯実行委員会」から届きました。ハゼや子カレイを獲る遊びの漁を「よとぼし」といったそうですが、わかったのが7年前だったとのこと。

 千葉大と商店街の共同事業で「稲毛レトロマップ」を作成するときに古老から話を聞いてわかったのだという。戦争によってこの遊びの漁は中断し、戦後再開したものの、そのころには漁の名前を知る人も少なくなっていた。

 町のおばあちゃんたちに聞いて回って探し当てたのだそうです。学生5人と商店街メンバー5人が、「真っ暗な新月の晩にカンテラの灯りがポツリポツリとついていく…周りで見ていてもきれいな光景だったろうね。そのあかり一つ一つには家族や職場の幸せがあったんだろうね」と盛り上がってその光景の再現をしようということではじめられた祭りとのことです。

 懐かしい子供のころの体験が、形をかえてしまっても、今によみがえらせているということに、こころ暖まる思いがしました。今年7回目の祭りにはぜひ参加してみたいと、今からワクついている。

2012年1月12日木曜日

夜灯(よとぼし)漁だったんだ


 半世紀も前に親父とやった「闇夜のハゼ突き」は「夜灯(よとぼし)漁」だった。昨日のNHKで報道された千葉県稲毛町の祭りは、子供のころの体験が元だった。ネットで調べてメールを送った。
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 突然のメール失礼いたします。
 昨日NHKの報道で「夜灯漁」の祭りがあるとの報道を見ました。11月に催されているとのこと。自分の子供のころの経験を思い出して懐かしく思いご連絡しました。

 50年も前のことになります。千葉県の稲毛に5年ほど住んでおりました。釣り好きの親父に「ハゼ突き」に何回か連れて行って貰いました。

 大潮の夜は水脈(ミオ)筋の浅場にはハゼが無尽蔵にいました。水たまりもあったかもしれません。当時は稲毛海岸(京成電鉄)とか黒砂(いまは駅名はない。多分「みどり台」)などの埋め立て前の遠浅の海岸は、ところによっては2キロも水が引き、無数の水脈(ミオ)がありました。

 新月の夜に潮が引いた水脈に眠い目をこすりながら行くと、まるでばらまいたようにハゼが沢山いました。カーバイトで足元を照らすと、寝ているようにじっとしています。足を踏み出すと踏まれたハゼが暴れる感触も味わいました。水のある浅いところを歩きながらヤスで突くのです。

 ときにはハゼの下に子ガレイがいて、一挙に突いて採れることもありました。親父がそのときは鉄工所で働いていたので、ヤスは手製で造り、カーバイトをつりの会のメンバーだった自転車屋さんから手に入れたそうです。カーバイトの臭いを今でも思い出します。

 この手法をなんと呼んでいたのかは、この報道を見るまでわかりませんでした。「夜灯(よとぼし)漁」という漁法だったのですね。半世紀にして解明できました。

 そのころの稲毛海岸は、国道14号線の下はすぐ海でした。学校が終わるとよく遊びに行ってハゼを釣ったり、アサリを採ったりしていました。海苔もとれて、あちこちの家で干していました。

 京成稲毛駅の線路下の田んぼには、メダカも泳いでいたし、イナゴ採りをして遊んだりしたものでした。

 社会風土が変遷するにつれて、親しめる自然環境が遠ざかっていくのは、なにか後退しているかのようも思える昨今、祭りがますます発展しますよう陰ながらお祈りしたいと思います。事情が許せば11月にはお邪魔したとも思っています。
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2012年1月11日水曜日

夢と希望で

 岩手山神社でお供えの写真を撮った折に、わずかばかりの賽銭を出した。


 神を冒涜するような悪さはしていないので、恰好だけは手を合わせるが、頼んだり祈ったりはしていない。


 身の回りの家族が体調を崩すのも、それぞれの原因があってのことと考えるのが合理的なんだろうと思う。


 でも初詣には9000万人以上の人が出かけるらしいから、そうなると「冒涜」になってしまう?でも信じようと信じまいと脳の作用なんだから、致し方のないこと。


 新しい気持ちを取り込んで、夢と希望を忘れないようにすることの方が大切。


 どちらかというと神が好きな連れ合いは、どうやら退院できそう。爺様がショートスティに行けたので、婆ちゃんは少しホッとしている。


 昨日買っておいた、おでんセットをすっかり忘れていた。夕方ウォーキングに出かけたら、東の方角に黒雲がわいて、風が強くなってきた。今晩は雪かもしれない。

2012年1月10日火曜日

塩分控えめでなくちゃいけません

 婆ちゃんが病院に「痰」を持って出かける。持っていくだけなら代わりにでいけるが、他のことがあるとどうかと思って、言い出さなかったら、自分で行ってみると言ってでかけた。


 自分の用を済ませ、同じ病院に入院している娘(連れ合い)と面会し、帰り道の店で買い物もしてきた。息抜きもできたかな。


 今日の昼食はウドン。しゃぶしゃぶの牛肉が余っていたので少し刻んで、シイタケとサヤエンドウ、ねぎを入れてうどんの煮込みにした。やっぱり垂の薄め方が足りなくてしょっぱくなってしまった。


 午後からN先生が来てくれた。爺の尿バッグの消毒をしてくれた。2時過ぎに連れ合いの病院に行ってみたら、まだ医師からの説明はないらしいが、話しぶりも力があるので回復しているように見える。


 また、食べ物の心配をして、漬けた沢庵が食べられるようになっているとか、台所の外にモチがあるとかあれこれ教えてくれた。


 夕食は、メインが塩ジャケ。湯豆腐に粕漬け、つくだ煮と、旅のお土産で溜まっているコブクロをどんどん開けて賑やかにした。


 しかし、おかずとは塩辛いものが多い。「食べるばかりの側」だとやれしょっぱいの甘いのと評するが、「作る側」になるとなるほどなかなか大変だ。もうちょっと勉強が必要だな。

今度は給湯機が不調

 給湯機の具合が悪くなった。暑いお湯が急にでたりするし、伽藍のダイヤルがずれてしまった。


 業者に頼んで見積もりしてもらったら、結構な費用がかかりそう。それに同じシステムのものがないらしい。


 修理よりは新規に造らせるのがご時世とはいえ、使える部分があるのに替えなければならないとは、無駄遣いだ。システムの製造するのにだって、炭酸ガスの排出から資源の使用までどれだけの無駄を生み出すことか。


 内閣改造するというが、問題はなにをどうやるかの政治であって、人がかわればOKとは言えない。こちらのほうは「改造」でなくて、根本から新規にしてもらいたい。

2012年1月8日日曜日

「苦労がわかるでしょ」

  朝から座る間もなしというと、苦労がわかるだろと誰かに言われそう。床屋に行くことになって、尿バッグを取り換えたいがどこにあるかわからないと、一緒に探すが見当たらない。


 面接時間の11時に病院に行って聞くと、一度探して見たところにあると言う。


 運んで持って行ったパンツが違っていて結局役に立たず。シャツも洗ってないからと洗って持っていくことになる。他人の衣類はわからないものだ。「こういうの、ああいうの」というのが、よくわからない。


 テレビ視聴の券を買ってくれと、入院生活の充実化をはかるらしい。テレビを見る元気もないよりはずっといい。


 家へ戻るともう昼食の時間。帰りがけに買った鳥肉(親子どんぶり用)と、青梗菜でうどんの煮込みが出来上がった。めんつゆは表示通りの2倍ではちょっと濃いようだ。


 かくして、パソコンの前に座ったのは1時半。お湯を沸かしコーヒーを溶かして飲む。隣の建築工事は休みなので静かでよい。


 2時に床屋へ爺を連れていく。息子が何回か連れて行っているので、床屋さんも扱いは先刻承知で、済んだら電話で連絡をくれることになっている。


 要介護の人間を放り出していっても扱ってくれるという、こういう社会が高齢化社会ということかと妙に納得。今日は釣りの会の「初づり会」があったが、残念ながら参加できる状況ではなかった。

2012年1月7日土曜日

宮澤賢治ばりに「北と南に」

 連れ合いの体調が悪くて検査入院とのことで、仙人の「こっちはあまり無理しないでいいよ」という言葉を背に、昨日東京に戻った。
 
 子供たちも心配していろいろと手を貸してくれて、「絆」を感じることになった。検査は今日の午後なので結果は後になるが、点滴が効いているせいか食事をとっていない割にはしっかりしていた。


 具合の良くない義母も、義父の面倒をみながら、頑張っている。こうなるとこちらも自分で自分に気合を入れて、冷蔵庫に溜まりがちな食材を洗いざらい片付けようと、「掃討作戦」をとることにした。


 普段簡単に食べられるようにと、用意している様々な調理済みのものもあるので、しばらくは飢え死にすることはないだろう。


 バリエーションにと、もち、スパゲティーのソース、焼きそばを買い足した。

2012年1月6日金曜日

酒の空き瓶とお別れ

 ビンの収集日。またまった酒瓶を運んだ。このビン、これまで飲んだ酒の空き瓶をしばらく飾ってあったもの。


 最近は4合瓶が多くなって手軽に手に入るし、ラベルも個性的で飲んだ後ですぐ捨てるのが惜しい気がして、階段わきに置いてあった。


 あまり多くなったから少し整理しようと、大方をゴミ置き場に運ぶことになった。用を済ませて、またそのままウォーキングに行く。


 早朝の気温はマイナスだから、粉雪が積もってさらさらで、風が吹くと飛び始める、溶けかかったところは凍ってスケートリンクのようだ。


 天気が良くて気持ちの良い牧場の道を、楽しみながら歩いた。歩数計の電池がなくなって、カウントできなかったが、およそ6000歩はいっただろう。




2012年1月5日木曜日

被曝の安全基準はゼロで考えるべき


 NHK「親子でナットク・イチからQ!」を見た。いったい将来どれだけの影響がでるのか、ガレキ処理についての対応も気になる。 
 清掃工場での焼却灰、下水処理施設の汚泥、山林の腐葉土、スギ花粉、汚染水を海に排水、魚・食への影響はと考えると気が滅入る。

 ブログ=福島原発に対応する備忘録 は自分の「私的基準」を試算している。それが正しいのかどうかということは異論があるかも知れない。

 確固たる安全基準が設定できないとしたら、被曝はゼロと考えるのが安全基準ではないか。




  ↓抜粋
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【環境放射能値について】
●国の安全基準
国が定めた一般人の年間限界被曝量は1mSv/1年間である。
1mSv
 = 1000μSv
1000
μSv ÷ 365日 = 2.74μSv1日に許容される線量)
2.74
μSv ÷ 24時間 = 0.114μSv/h (1時間に許容される線量)

福島各地の放射線レベル」でこの基準を満たしている場所は南会津町しかない。

●私的な許容値
100mSv
 = 100000μSv
100000
μSv ÷ 365日 = 274μSv1日に許容される線量)
274
μSv ÷ 24時間 = 11.4μSv/h (1時間に許容される線量)

現実的な話をしよう。各地でサンプリングされているデータは特別なことわりが無い限り屋外で計測されている。

ゆえに屋内に居る場合の被曝量を屋外の1/10とし、屋外で活動する時間を1日の1/3としたらおよそ30μSv/hの環境までは容認できると判断できる。
一時期20μSv/h以上を記録していた福島市や飯舘村などに避難命令が出なかったのも、こうしてみると妥当なのかと思えてくる。

ただし、放射能の影響は育ち盛りの子どもや乳児、胎児に強く出る傾向がある。根拠はないが私なら上記の1/10の基準になったところで避難を考えると思う。
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2012年1月4日水曜日

お年玉と初詣


 一度歩いたコースをもう一度歩いてみる。側溝からの流れが林の先の方へ伸びているので、遠くなるが道沿いの沢をくだってみる。チラリと見える沢は何とか釣りができそうだ。

 前回たどった道へ行きそうなので、帰りの方向へ歩くとすぐまた沢がある。こちらは上流部に人家がありそうだが、流れに落差が出ているので興味をそそる。

 難を言えば少しゴミっぽい物が沈んでいるが、まあここも先の楽しみに入れておけそう。お年玉をもらった気分だ。

 近くにある岩手山神社は、人が見えなかった。ちょっと寄ってみると、新春の雰囲気を味わうことができた。綺麗な絵馬の飾り、御神酒とお供えが、モノクロの世界に色彩を誇っていた。












2012年1月3日火曜日

東京湾の放射性物質汚染検査でセシウム検出


 東京湾の水産物の放射性物質が検出されている。「暫定規制値」に達していない数字であるとなっているが、東京湾に流れ込む河川は多く、下水処理も完全でないことを考えると、今後も監視を続けなくては安心できない。

 無論あってはいけないものだから、このくらいならいいという基準も、影響なしとはできない。


 水産物のモニタリング検査結果 千葉県

南行徳漁場で1117日に採取後加工された乾のりは、放射性ヨウ素不検出、放射性セシウム17.7ベクレル/kg

千葉県ホームページ→    水産物のモニタリング検査結果 

119日採取 乾のり 金田漁場  セシウム   11.0ベクレル
115日採取 乾のり 大佐和漁場 セシウム計27.0ベクレル
118日採取 乾のり 久津間漁場 セシウム計25.0ベクレル
119日採取 乾のり 木更津漁場 セシウム計16.5ベクレル

千葉県が実施した検査結果(2011/12/28)→ 千葉県が実施した検査結果

2012年1月2日月曜日

歌詞の伝え方論争


 紅白歌合戦のレデーガガの歌の訳詞に論議があるらしい。直訳するとNHKの翻訳と相当違うということだ。

  わかりやすくするために、訳詞をしたとのみかたもできるが、直訳との間で違いが起きるのもどこまで許容されのか。受け取り側の論議は深められる余地はあると思えた。

 新しい年に、問い直すべき一つのテーマを感じた。

ブログ=どこへさんぽ・なにをさんぽ

歌の訳詞のホームページ
ボーレディーガガ
ボーン・デス・ウエイ →  訳詞

2012年1月1日日曜日

デジタル社会の功罪


 私のようなものが言うことではないかも知れないが、今は情報を自分で求めないと本当のことが見えにくくなっている。そんな実感を昨年は強く持った。

 真なるもの、肝心なことをテレビは伝えないし新聞も書かないい。これは今に始まったことではないが、情報を持たない物にとっては、愚民政治支配に取り込まれる危険にさらされているということだ。

 恥ずかしいことだけれども、例えば原発の汚染水を海に流すことは国際法に違反するということ。これは知らなかったことで、ホームページをあちこち見ていてわかったことだった。

 自分のブログにも載せた農水省のホームページは、魚への放射性物質の影響を測定してまとめている。これをメールマガジンで配信している。

 メールマガジンと呼ばれるメールニュースは登録することで定期的に送信してくる。小泉純一郎という昔の首相はたしか200万人以上が登録者になったというから、これが悪政維持の力のひとつに働いたのだろう。

 大阪の橋下徹のツイッターは45万の「読者登録=フォロワー」がある。(選挙後3万以上も増えている)

 ここで流される情報は、新聞社も当然掴む作業はしているだろうが、それも記事として使うということ。生な情報は違う物になる。

ツイッターの一説
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プルトニウムのプルト君です、原子力発電はCO2を出さないエコでクリーンな発電だけど、1秒間に70トンの海水を7上げて海に流してじゅんかんさせているのはここだけの秘密
議会承認なかったんですか!?RThttp://www.kakehashi.or.jp/?p=4896 ( #iwakamiyasumi4 live at http://ustre.am/sQYS)  東京都23区の区長たちが集まって、トップ会談でがれきの受け入れがきまったという。議会の承認なしで。
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ここまでくると、文化だと思える。

 ネットを通じた民主化運動が去年は広がった。独裁国
チュニジア「共に立ち上がろう」、エジプトのムバラク政権30年は1ヶ月で崩壊、リビアのカダフィー大佐は国民の情報網YouTube(映像サイト)で追い詰められ、倒れた。

 日本もネットの果たす役割と「参加者」は震災以降ずっと多くなったということだ。皆にとって有益な情報はどんどん使い求めて、発信することで社会運動も発展するのではないかと期待を持っている。

2011年12月31日土曜日

ブログ考


 晦日ともなると、いくらか感傷的な気分にとらわれて、人並みに今年と来年はと思いを巡らせる。

 自分の言いたいことを書き込むブログでも、すべてをあからさまに表現するわけにもいかない。腹立ち紛れや、思い入ればかりの話しを、恥ずかしさも省みず書いたことも多々ある。

 「ブログ哲学」か「ブログエチケット」とかというのもあるのかも知れない。人間が変わっているせいか、ブログの上手な人と言われているものを読んでも良いと感じない。(ちなみにそれは「眞鍋かをり」のブログ)

 上手かどうかはさておいても、一番良いのは自分が感じたと、思ったことを「まとめる」こと。これが一番のブログの効用かも知れない。

 ブログをどう流していこうなどと、大それたことを考えているわけではない。日常生活の行動パターンのひとつとしてやってきた。

 生活のなかになにか「これ」といったものに取り組むと、大それたことでなくても、やった満足感を持つことはできる。新しい年はどうするかより、このままどうなるかを自分の楽しみにしよう。